君は君にできることで私を支えてくれてるのに。

 私ね。

 探索をすることが楽しいと思ってた。どんどん自分の実力が伸びていって、今まで行けなかった所に行けるようになって、ダンジョンを攻略して。


 そしてそのことを君にお話するの。

 家に帰って、君の手料理を食べながらどんな探索だったのかを。探索で何があったのかを。こんなことがあったんだよって。あんなことをしたんだよって。


 そうしたらさ、君はニコニコしながら私の話を聞いてくれるの。そうなんだ、それはよかったねって。私はそれが嬉しくって、もっともっとお話ししたくなっちゃうの。

 だからまたダンジョンに潜って、いろんなダンジョンを攻略して、そして君に土産話を持って帰るの。


 楽しかった。本当に楽しかった。だから私勘違いしちゃったんだ。ダンジョンを探索することが楽しいんだって。探索者として活動するのが楽しいんだって。

 別にそんなことなかったのにね。


 私が「聖女」に選ばれて君のお兄さんとパーティを組むようになったとき、私は始め何とも思ってなかったんだ。別にいつもと同じ。これまでと変わらないって。

 それまで組んでた人たちは確かに実力があったけど、それだけだった。その人たちから探索者の才能があるなんて感じたことなかった。君の方がよっぽど探索者に向いてるとさえ思ったよ。


 だから初めてお兄さんとダンジョンを探索したときは衝撃だった。君からお兄さんは才能のある人だって聞いてたけど、それがどこまでのものなのか話だけじゃ実感してなかったから。

 『才能』っていうのは、こういうことを言うんだって。……ううん。才能なんて言葉で収めたらいけない、本物の天才だ。


 私も初めてだったんだ。自分よりも凄い探索者を見るのって。そりゃ探索者になり始めの頃は私より実力のある探索者だってたくさんいたけど、別にその人たちのことを凄いなんて思ったことなかったから。「あれくらいなら私にもできるようになるな」って思えるようなことばっかりだったから。

 でもお兄さんは違った。初めて私が探索者として追いつけないって思った。それくらい凄かったんだ。


 あんまりにも衝撃的だったから、君にお兄さんの話ばっかりしちゃってたね。

 今から思い返せば、彼氏にそのお兄さんの話ばっかりするって嫌な彼女だったね。ごめんね。


 でも君はそんな私をいつも通り笑顔で迎えてくれて、料理も作ってくれて、家事もしてくれて、マッサージもしてくれて……。

 私、君に甘え切ってた。家に帰ったら君がいるっていうことに慣れ切ってた。


 君はいつも優しかったから。私を見て笑顔をくれたから。

 私とお兄さんのでたらめな記事が出た時だって私のことを信じて笑ってくれたから。


 私が前に数日帰らなかったときあったよね。

 あの時、ダンジョンの攻略自体は順調だったんだ。私だって探索者として日々成長してたし、お兄さんだっていたんだから当たり前なんだけど。ほとんど苦戦しなかったよ。


 でも流石にぶっ通しでダンジョンを探索するのなんてあの時が初めてで、ダンジョンの中での睡眠のとり方なんてよくわかってなくて、結構寝不足だったんだ。

 寝不足ってさ、集中力も下がるし、体力もなくなるしで全然いいことなんて無くって。だからダンジョンの最後の最後で私ヘマしちゃってさ。


 ふらついて体勢崩して。そしたらダンジョンの主に狙われちゃって。

 あ、まずいかも――って思った時には、お兄さんにかばわれちゃってた。


 君とお兄さんってさ、流石血の繋がった兄弟というか、双子かってくらい顔似てるよね。雰囲気は違うけど。お兄さんの方はちょっとピリピリしてるというか、近寄りがたい感じ。君の方は柔和で優しい感じ。

 でも顔は似てるからさ。うん……。


 お兄さんにかばわれたときに、お兄さんが一瞬君に見えてドキッとしちゃって。君とお兄さんの姿が重なって見えちゃって。

 「大丈夫か?」って声をかけられて顔が熱くなっちゃって。その後すぐ声をかけてきたのが君じゃなくてお兄さんだって気付いて、もう凄い自己嫌悪。


 君にもお兄さんにも失礼だし、君以外の男の人にドキッとしちゃったのも嫌だったし。

 何よりもダメだったのは「どうして今ここにいるのが君じゃないんだろう」って思っちゃったことでさ。


 私がどんどん一人で進んでいったからこうなってるだけなのにね。国の探索者になることなんて別に強制されたわけじゃないのに。

 君は君にできることで私を支えてくれてるのに。


 もうなんかそのことで凄い落ち込んでお兄さんにも心配されて迷惑かけちゃうし。探索は無事に終わったけど、私はなんかそれどころじゃなくてさ。

 そんな状態なのに、ダンジョンから出て体を洗ってさっぱりして、さあ君のところに帰ろうかってときに友達から写真が送られてきて。


 君が、今日あの食堂で一緒にお昼食べてた女の人。あの人と君が、その……キス、してるように見える、写真……。「真理愛の彼氏浮気してるかもよ?」なんて言って送ってきたの。

 君が浮気するなんて思ってないけど、でも……君は優しいから。もしかしたら事情があって断れなかったとかかもしれないし……。


 それでさ、その写真を見た時に私それまでのことを考えてさ。

 私を国の探索者に推したのは君で、君は私がお兄さんの話ばっかりしても笑顔で聞くだけで、その……嫉妬とかしてくれなくて。前は私の友達に男の人がいるってだけで心配したりしたのに。


 それで、極めつけは私以外の女の人が君の傍にいる写真。

 だからさ、私――君がもしかしたら私のこと好きじゃなくなったんじゃないかなって。


 君は優しいから私のことを支えてくれてたけど、でももう恋人としては好きじゃないんじゃないかって。

 そう思ったらめちゃくちゃ落ち込んで気分も悪くなって。そのくせ君の傍にいたいから家には帰ってさ。


 直接君に聞けばいいのに、その時の私は君の口から「もう好きじゃなくなった」なんて直接言われたら心が折れちゃいそうだったから卑怯な真似をして。


「ねぇ――私に、他に好きな人ができたって言ったら、君はどう思う?」


 なんて。こんなこと言われたって困っちゃうだけなのに。

 君に探りを入れるような真似をしてた。ごめんね。


「そんなこと急に言われても、ちょっと答えられないかな」


 って。君なら私を傷つけないように言葉を選ぶなんて、ちょっと考えればわかるのにね。

 でも、ここで肯定されなくてよかった。少なくとも君はまだ私から興味が無くなってないんだって思えたから。






「最近弟とはうまくいっているのか?」


 って、ある日お兄さんから聞かれたんだ。ダンジョン探索が終わった後だったかな。

 普段お兄さんと探索に関係ない雑談ってあんまりしないから、そんなことを聞かれるなんて意外だった。


 その時、君とのことで悩んでたからさ。

 私、お兄さんに君とのことちょっと相談したんだ。そしたら


「弟は自分に自信がないんだ。自分の価値を低く見積もる悪癖がある。――君と同じだな」


 なんて言われて。

 私と同じってどういうこと? って思ったけど、でもすとんと納得しちゃってさ。


 君は、私が探索者が好きで、ダンジョンを探索するのが好きで探索者をやってると思ってるのかもしれないけど。

 そうじゃないんだよ。少なくとも私は、探索者とか、探索自体が好きなわけじゃないんだよ。


 でも君がそう思うのも無理ないよね。私だって途中まで勘違いしてたんだから。

 君が私から離れていっちゃうかもしれないって思った途端、探索なんて全然楽しくないの。お兄さんの才能だって凄いって思うけど、でもそれだけ。その衝撃を君に話したいなんて思わなくなっちゃったの。


 だから私気付いたんだ。私が楽しくて好きだったのは探索者とか探索なんじゃなくて、君と一緒に探索することなんだって。君が笑顔で私の話を聞いてくれるから、私は探索が楽しくできてたんだって。

 「君と一緒に探索ができればそれでいい」って、最初は本当にただそれだけだったのにね。いつの間にか隣にいるのが君じゃなくてお兄さんになってて、君の興味が私から離れかかってて。


 何のために探索者やってるの? ってさ。こんなんじゃ探索者やる意味なんて何もないじゃんって。

 その時にようやく思って。


 だから、それからはどうやって探索者を辞めようかって。そればっかりだったよ。探索者を辞めて君の傍にいて、君の興味を私に取り戻すの。

 「聖女」の私だと君は気後れしちゃうかもしれないでしょ? だから何者でもない「ただの私」に戻って、君の傍にいるんだって。


 何度も役所に直談判して、時には国の偉い人? とかにも訴えた。探索者を辞めたいって。聖女を辞めたいって。普通の仕事が終わった後しか時間が取れないって言うから、夜遅い時間に何度も話し合った。

 そりゃ私だって国からどう思われてるかわかってるつもりだったから、簡単に辞めさせてもらえるとは思ってなかったよ。


 だから辞めるのに時間がかかっちゃった。最後はお兄さんにも協力してもらって、昨日一晩中訴えて、ようやく辞めさせてもらえることになったの。

 君に言わなかったのは……ごめん。でも、君に探索者辞めるなんて言ったら絶対引き留められると思ったから。だから言わなかったの。


 それで、ようやく辞める算段が付いて、久々に大学に君を迎えに行ったら……あの女の人と一緒だったから。楽しそうにお昼食べてたから。

 君がとられちゃうって思ったらもういてもたってもいられなくて……。


 強引だったよね。ごめんね。

 馬鹿な彼女でごめんね。重くてごめんね。


 でも嫌いにならないで。あの女の人の所に行かないで。

 君のことが好きなの。本当に好きなの。お願い――

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