第32話:星祭り、始まる!
星は物語を紡ぐ。
夜空に浮かぶ無数の光は、時に人の運命を照らし、時に神々の戯れを映し出す。
星祭りの日が訪れた。朝から島全体が活気に満ちていた。キャンプの中央に設えられた櫓は、色とりどりの布と花で装飾され、フローラが用意した星型のランタンが所々に吊るされている。
神代遼は、祭りの準備に追われながらも、空を見上げていた。日が傾き始め、やがて星々が輝く時間が近づいている。
「神代さん!」
フローラの声に振り返ると、彼女は森の民の伝統衣装に身を包んでいた。淡い緑の生地に、星の模様が銀糸で縫い取られたドレス。花の冠が彼女の栗色の髪を飾り、その姿はまるで妖精のようだった。
「フローラ……綺麗だ」
素直な感想が口から零れる。彼女の頬が赤く染まった。
「ありがとうございます。これは森の民の祭司が着る衣装なんです」
「祭司?」
「はい。今夜は私が祭りの儀式を司るんです。緊張します……」
彼女の声には不安が混じっていたが、その瞳には使命感が宿っていた。
「大丈夫だよ。君ならできる」
遼の言葉に、彼女は感謝の笑顔を見せた。
「あの、これ……」
フローラは小さな包みを差し出した。開くと、シンプルな白い衣が入っていた。
「祭りの衣装です。よかったら着てください」
「僕も?」
「はい。本来なら祭司の伴侶が着るものなのですが……」
言葉の途中で彼女は気恥ずかしそうに目を伏せた。その意味するところは明白だった。
「ありがとう。喜んで着させてもらうよ」
彼の答えに、フローラの顔が明るく輝いた。
***
夕暮れが訪れ、キャンプには祭りの始まりを告げる太鼓の音が響き渡った。遼はフローラから受け取った白い衣を着て、中央広場に立っていた。
居合わせた仲間たちも思い思いの装いで集まり始めている。レオンは騎士の正装を思わせる白と金の衣装に身を包み、その隣にはラティアが青いドレスで立っていた。二人の指には、木の枝で作られた簡素な指輪が光っている。
「おい、神代!」
レオンが遼に気づき、手を振った。
「そのいでたちは……フローラからもらったのか?」
「ああ。君たちはどうしたんだ? その指輪は」
レオンの頬が赤くなり、ラティアが答えた。
「昨日、彼から告白されたの。星祭りを二人で過ごそうって」
ラティアの瞳には、はにかみと共に確かな愛情が宿っていた。
「おめでとう」
遼の祝福に、レオンは照れくさそうに頷いた。
「お前も、フローラと……?」
「いや、これは祭りの衣装として」
言葉にしながらも、遼の胸には複雑な感情が渦巻いていた。アフロネアの不在は、心の余白を広げてくれている。この祭りの夜、何かが変わるのかもしれない。
太鼓の音が高鳴り、広場の中央に設えられた祭壇にフローラが現れた。彼女の手には、星形の杖が握られている。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
フローラの声は優しく、しかし力強く響いた。
「今宵は星々が最も美しく輝く特別な夜。森の民の伝統に則り、星祭りを開催します」
彼女の言葉に合わせ、周囲のランタンが一斉に灯された。淡い緑と青の光が辺りを幻想的に照らし出す。
「星祭りでは、空と地がつながると言われています。願いが星に届く、特別な時間」
フローラの説明は続き、彼女の仕草一つ一つが神聖な儀式の一部であるかのように洗練されていた。森の民として育った彼女の血が、今宵目覚めているかのようだった。
祭りは進み、音楽が奏でられ、仲間たちは輪になって踊り始めた。遼は少し離れた場所から、その光景を眺めていた。
「素敵な祭りですね」
セリアの声がして振り返ると、彼女は虹色のベールを纏っていた。その姿は神秘的で、どこか異界の存在を思わせる。
「セリア、君も参加するんだね」
「ええ。星祭りは神々にとっても特別なもの。特に……」
彼女は一瞬言葉を切り、夜空を見上げた。
「今夜は神域と現世が近づく夜。何が起きても不思議ではありません」
その言葉には、意味深な予感が込められていた。
「アフロネアも何か……?」
セリアは小さく微笑んだ。
「さあ、それは夜が教えてくれるでしょう」
彼女の謎めいた答えに、遼は首を傾げた。それ以上の説明はなく、セリアは輪舞の中へと消えていった。
***
祭りは最高潮を迎えていた。焚き火の周りでは皆が踊り、歌い、笑いに包まれている。フローラは祭司としての務めを果たしながらも、時折遼の方を見つめ、微笑みかけていた。
ふと、彼は木立の陰に小動物の姿を見つけた。一匹の狐が、凛とした姿勢で祭りを見つめている。その瞳には、単なる野生動物とは思えない知性が宿っていた。
「今夜も見ているんだな」
遼がつぶやくと、狐は耳をピクリと動かした。
「こっちに来ないのか? 祭りは楽しいぞ」
しかし狐は動かず、ただ静かに祭りを観察していた。その姿には、どこか孤独さが漂っていた。
「神代さん」
フローラが近づいてきた。祭司の務めの合間に、彼の元を訪れたのだろう。
「素晴らしい祭りだね。君のおかげだ」
「いいえ、皆さんの協力があってこそです」
彼女の謙虚な言葉に、遼は微笑んだ。
「あの、約束の場所、ご案内してもいいですか?」
「ああ、ぜひ」
二人が歩き出そうとした瞬間、突然空に異変が起きた。
星々が、まるで生き物のように動き始めたのだ。
「あれは……!」
祭りの参加者全員が息を飲み、空を見上げた。星々は渦を巻き、まるで天の川が流れ落ちるかのような光景を作り出していた。
「神代さん、これは……」
フローラの声には、驚きと共に畏敬の念が込められていた。
「星が……降ってきてる?」
その通り、星の光が雨のように降り注ぎ始めた。しかしそれは物理的な衝撃をもたらすものではなく、触れると淡く輝き、やがて消えていく光の粒子だった。
「美しい……」
キャンプの全員が魅了されたように空を見上げていた。光の粒子は皆の髪や肩に降り注ぎ、幻想的な光景を作り出している。
「これはきっと……」
遼は直感的にわかっていた。この現象の背後にいるのは、彼女だと。
「アフロネア……」
その名を呼んだ瞬間、彼の前に降り注いだ光の粒子が一瞬だけ青く輝いた。それは彼だけに向けられた、密やかな応答のようだった。
「皆さん!」
興奮したエリオットの声が広場に響いた。
「これは星の祝福だ! フローラの言っていた伝説通り、今なら願い事が叶うかもしれない!」
彼の言葉に、祭りの参加者たちは歓声を上げた。
「願い事をするんだ!」
「星に祈ろう!」
次の瞬間、皆が思い思いの願いを星に向かって唱え始めた。
「ちょっと待って」
セリアが前に出て、皆に呼びかけた。
「星の祝福は確かに特別なものですが、軽々しく扱うべきではありません。真剣な願いだけを」
彼女の忠告に、皆は一度静かになった。だがすぐに、より真剣な面持ちで願いを唱え始める。
レオンとラティアは手を取り合い、空を見上げていた。恋人たちの願いは、誰の目から見ても明らかだった。
他の生徒たちも、家族のことや将来の夢、或いは明日の食事メニューのことまで、様々な願いを星に向かって囁いている。
「君は願わないのか?」
遼はフローラに尋ねた。彼女は微笑み、首を振った。
「私の願いは……もう叶っていますから」
その答えに、遼の胸が高鳴った。彼女の視線は、まっすぐに彼を見つめていた。
「神代さんは?」
「僕は……」
遼は空を見上げ、降り注ぐ星の光に思いを馳せた。何を願うべきだろうか。フラグを折る能力の回復? アフロネアとの再会? それとも、目の前のフローラとの……。
彼の心が揺れる中、突然一つの光の粒子が彼の頬に触れた。それは他の粒子より大きく、青く輝いていた。
「!」
その光に触れた瞬間、彼は幻視を見た——白銀の髪が風に揺れる姿、琥珀色の瞳、そしていつもの高飛車な微笑み。
「アフロネア……」
彼の心に浮かんだ願いは、自然と口から零れ出た。
「君に、もう一度会いたい」
その願いが星に届いたのか、彼の周りの光の粒子が一斉に明るく輝いた。そして、風のように囁く声が彼だけに聞こえた。
『気が変わったの? そんなに私が恋しいの?』
「!」
遼は驚いて周囲を見回したが、アフロネアの姿はどこにもない。しかし、確かに彼女の声だった。
「どうかしましたか?」
フローラの心配そうな声に、遼は我に返った。
「いや、なんでもない」
彼は微笑み、再び祭りの喧騒に目を向けた。星の光は依然として降り注ぎ、祭りは一層の盛り上がりを見せていた。
「みんな見て! 私の願い、叶ったかも!」
女子生徒の一人が歓声を上げた。彼女の手には、どこからともなく現れた色とりどりの花々が握られている。
「私も! 見て、この果物!」
別の生徒は、突然現れた甘い香りの果実を手に喜んでいた。
次々と、小さな願いが叶い始める。大げさなものではなく、ちょっとした贈り物や変化——しかし確かに、通常では起こりえない奇跡だった。
「まさか本当に……」
遼は驚きの目で状況を見守っていた。アフロネアは本当に願いを叶えているのか? それとも別の力が働いているのか?
「神代さん、こちらへ」
フローラが彼の手を取り、祭りの喧騒から離れた場所へと導いた。
「約束の場所、ご案内します」
彼女の声には、特別な決意が込められていた。
辺りを見回すと、セリアが彼らを見つめており、小さく頷いた。その瞳には「行きなさい」というメッセージが宿っていた。
そして、木立の陰からは一匹の狐が二人の後を追うように動き始めた。その姿は夜の闇に溶け込みながらも、確かに彼らを見守っていた。
星祭りは続き、夜はまだ若かった。光の雨の下、新たな物語が紡がれようとしていた。それは神と人、過去と未来、そして選択と運命が交錯する物語——。
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