第19話 「エボルブフォーム」の可能性

 俺の魂からの叫びは、風の谷の空気を震わせた。

 溢れ出す光と共に、傷ついたクロノスの装甲が修復され、力がみなぎる。

 村人たちの声援を背に受け、俺は再びシャドウナイツの群れへと突っ込んでいった。


 アーシャ、ルーク、そして谷の戦士たちとの連携は、さっきまでとは見違えるようにスムーズになっていた。

 俺が敵を引きつけ、アーシャが鋭い剣技で切り込み、ルークが的確な援護で敵の体勢を崩す。

 エレナさんの指示も冴え渡り、俺たちは谷の地形を最大限に利用して、数で勝るシャドウナイツを徐々に押し返し始めた。


 どれだけの時間が経っただろうか。

 激しい戦闘の末、ついにシャドウナイツたちは統率を失い、撤退していった。

 谷には大きな爪痕が残ったけれど……俺たちは、故郷を守り抜いたんだ。


「やった……!  やったぞ、アニキ!」

「……ああ!」


 変身を解いた俺は、駆け寄ってきたルークとハイタッチを交わした。

 アーシャも、疲労困憊ながら満足そうな、誇らしげな表情を浮かべている。

 村人たちも歓声を上げ、互いの無事を喜び合っていた。俺は深い安堵感と、これまで感じたことのないような充実感に包まれていた。


 だが、その安堵感は長くは続かなかった。


 戦闘の後始末や負傷者の手当てに追われていた矢先、アジト代わりに使わせてもらっていた長老の家に設置されていた通信用の水晶――エレナさんがエレミアから持ち込んでいた改良型の魔法通信装置――が、けたたましい警告音と共に激しく光り始めたのだ。


「緊急通信です!  カリナさんから!」


 エレナさんが叫び、俺たちは急いで水晶の前に集まった。

 水晶には、焦った表情のカリナの姿が映し出されていた。普段の飄々とした態度はどこにもない。


『一翔くん!?  聞こえる!?  大変よ!』


 ノイズ混じりの声が、緊迫した状況を伝えてくる。


「カリナさん!  どうしたんだ!?」

『エレミアが大規模な攻撃を受けてるの!  シャドウナイツの別働隊か、あるいは帝国軍本隊か……!  街は火の海よ!』

「なんだって!?」


 俺たちは息を呑んだ。

 風の谷への攻撃は、陽動だったというのか……!?


『それだけじゃないわ!  抵抗組織のアジトの場所も突き止められたみたいで……今、教授たちが建物ごと包囲されてる!  もう時間の問題よ!』


 教授たちが……危ない!?

 あの人は、俺に色々なことを教えてくれた恩人だ。

 それに、アジトには他の仲間たちも大勢いるはずだ。


「そんな……!」


 俺の頭は混乱した。

 風の谷を守り抜いたばかりなのに、今度はエレミアの仲間たちが最大の危機に瀕している。


(どうすればいい……?)


 風の谷は、まだ完全に安全とは言えない。

 シャドウナイツが再び襲ってくる可能性だってある。

 アーシャの故郷であり、俺たちが命がけで守ったこの場所を、今すぐ離れるわけには……。


 でも、エレミアを見捨てることなんて、できるはずがない!

  教授や仲間たちが、俺たちの助けを待っているかもしれないんだ!


「……くそっ!」


 俺は壁を殴りつけた。

 両方だなんて、守れるわけがない。

 俺一人の力じゃ、このクロノスベルトの力があったって、どうにもならないじゃないか……!

 ヒーロー失格だ、なんてレベルじゃない。

 あまりにも無力だ。


「落ち着け、一翔」


 アーシャが俺の肩に手を置いた。


「まずは状況を正確に把握するんだ。カリナ、エレミアの詳しい戦況は?  教授たちの持ちこたえられそうな時間は?」

「それが……通信状況も悪くて……!  でも、かなり厳しいのは確かよ!  一刻も早く救援が必要だと思う!」


 カリナの声が悲痛に響く。

 

「教授たちが危ないなら、助けに行かなきゃ!  俺、行くよ!」


 ルークが叫ぶ。

 

「待ちなさい、ルーク!  単独で突っ込んでも無駄死にするだけです!」


 エレナさんが彼を制止する。

 風の谷か、エレミアか。

 守るべき場所と、助けるべき仲間。

 どちらかを選ばなければならないかもしれない、残酷な現実。

 ヒーローとして、仲間として、俺はあまりにも重い選択を迫られていた。


 俺は、ギリッと奥歯を噛み締めた。

 どうすれば……どうすれば、両方を救える道があるんだ……?


 ◇


 風の谷とエレミア。

 二つの守るべき場所を前に、俺は苦渋の決断を迫られた。

 結局、風の谷の防衛は、村の戦士たちと長老に託し、俺とアーシャ、ルーク、そしてエレナさんは、エレミアの仲間たちを救うため、急いで谷を出発することになった。


 俺たちは、谷で用意してもらった馬(のような、足の速い四足獣)に乗り、エレミアへと続く道をひた走っていた。

 風を切る音が耳元で鳴り、蹄の音が地面を叩く。

 一刻も早くエレミアに着かなければ。

 教授たちが、仲間たちが危ない……!

 焦りが募る。


「一翔さん」


 馬を並走させていたエレナさんが、不意に声をかけてきた。

 彼女は手綱を握りながらも、片手で何かの資料――おそらくベルトの解析データが書かれた羊皮紙――を広げている。

 相変わらず器用な人だ。


「あなたのベルトについて、気になる分析結果が出ました。風の谷での戦闘データと、これまでの記録を照合した結果……おそらく、あなたのクロノスベルトには、まだ未使用の機能が存在する可能性が高いです」

「未使用の機能……?」


 俺は馬の速度を少し緩め、彼女の方を見た。


「はい。ベルト内部のエネルギー回路を詳細に分析したところ、現在の『ベーシックフォーム』では使われていない、より高次のエネルギー経路が存在することを確認しました。これは推測ですが……おそらく、第二形態とも呼べるような、新たなフォームへの『進化』が可能なのではないかと」


 第二形態……!

 まるで特撮ヒーローのパワーアップイベントみたいじゃないか!


「その名も……仮称ですが、『エボルブフォーム』とでも名付けましょうか。もしこのフォームが覚醒すれば、現在のベーシックフォームを遥かに超える力が手に入る可能性があります。より強力な時間歪曲能力や、あるいは未知の能力が……」


 エレナさんの言葉に、俺の心臓がドクンと高鳴った。

 もっと強い力。

 ナイトメアにも対抗できるかもしれない力。

 それがあれば、エレミアの仲間たちを救えるかもしれない!


「本当か、エレナさん!?  どうすれば、そのエボルブフォームに……!」


 俺が興奮して尋ねると、エレナさんは冷静に首を振った。


「残念ながら、覚醒の具体的な条件はまだ不明です。ただ……」


 彼女は言葉を選びながら続けた。


「これまでの英雄たちの記録を分析する限り、高次の力には、それ相応の『資格』と『代償』が伴うことが多いのです」

「資格と……代償……?」

「ええ。例えば、極限の精神状態、あるいは……強い自己犠牲の覚悟といったものが、覚醒のトリガーになる可能性が考えられます。そして、リスクも大きい。未知の力は制御が難しく、以前あなたが経験したような力の暴走……あるいは、それ以上の事態を招きかねません。身体への負担も、今の比ではないでしょう。『英雄病』の進行を早める危険性も否定できません」


 エレナさんの冷静な分析が、俺の興奮に冷や水を浴びせる。

 そうだ、忘れていた。

 この世界の力は、タダじゃない。

 英雄病……俺の命を削るかもしれない代償。

 そして、あの暴走の恐怖……。


(もっと力が欲しい……!  でも、また暴走したら……?  それに、俺の命は……?)


 エレミアの危機を救いたい。

 仲間を守りたい。

 そのためには力がいる。

 でも、その力に溺れて、また誰かを傷つけたり、自分自身が壊れてしまったら……?


「すげえ!  新しい変身!?  アニキなら絶対できるって!  きっと教授たちも助けられるぜ!」


 隣を走っていたルークが、話の内容を理解したのか、キラキラした目で言った。

 彼の純粋な期待が、逆に俺の胸を締め付ける。


 力の誘惑と、それに伴う恐怖と代償。

 その間で、俺の心は激しく揺れ動いていた。

 答えは出ない。

 でも、今は迷っている時間はないんだ。


 俺は再び手綱を強く握りしめ、馬を走らせた。苦悩を振り払うように。


 エボルブフォーム……。

 それが希望なのか、それとも更なる絶望への入り口なのか。

 分からないまま、俺たちはただひたすら、危機に瀕した仲間たちが待つエレミアへと、道を急ぐしかなかった。


 ◇


 数日間の強行軍の末、俺とアーシャ、ルーク、そしてエレナさんの四人は、ついにエレミアの城壁が見える場所までたどり着いた。

 しかし、遠目に見える街の様子は、俺たちが出発した時とは明らかに違っていた。

 城壁の上にはマグナス帝国の旗が掲げられ、街のあちこちから黒煙が上がっているのが見える。

 厳戒態勢が敷かれているようで、以前のような自由な雰囲気は完全に失われていた。


「……ひどい状況だな」


 アーシャが苦々しく呟く。

 

「教授たちは大丈夫かな……」


 ルークも不安そうだ。

 

「データが不足していますが、帝国の動きは想定以上に早いですね。急ぎましょう」


 エレナさんが冷静に状況を分析する。


 俺たちはカリナと事前に決めていた合流地点――街外れの廃墟――へと向かい、そこで待っていた彼女から詳しい状況を聞いた。

 やはり帝国軍(主にシャドウナイツが動いているらしい)によって街はほぼ制圧されており、抵抗組織のアジトも特定され、教授を含む主要メンバーが捕らえられてしまったという。

 彼らは現在、市庁舎近くにある帝国軍の臨時司令部として使われている古い貴族の館に監禁されている可能性が高い、とのことだった。


「司令部って……警備も厳重なんじゃ……」

「だろうね。正面突破はまず無理」


 カリナは肩をすくめた。


「でも、抜け道がないわけじゃない。これがその館の見取り図と、警備の交代時間、それから最近のシャドウナイツの動きね。お代は、教授救出後の情報提供ってことで、ツケとくわ」


 カリナから渡された羊皮紙には、詳細な情報がびっしりと書き込まれていた。

 俺たちはカリナが用意してくれた隠れ家に戻り、救出作戦の会議を始めた。

 見取り図を広げ、警備の配置を確認する。

 厳重な警備網だ。

 どうやって潜入し、教授を連れ出すか……。


 俺は、見取り図とにらめっこしながら、必死に頭を働かせた。

 この構造、この警備配置……どこかで見たことがあるような……。


「 これって……!」


 俺は思わず声を上げた。


「特撮番組『秘密戦隊スパイダー』の、悪の組織アラクネアの基地攻略作戦のエピソードにそっくりだ!」

「 特撮……?」

 

 アーシャが怪訝な顔をする。

 

「ほら、見てくれよ!  この中央の監視塔からの死角になってる北側の壁!  それに、この地下からの換気ダクトのルート!  まさにスパイダーたちが潜入した経路と同じだ!」


 俺が熱弁すると、ルークは「おお! アニキ、すげえ!」と目を輝かせた。

 アーシャだけは「……お前のその知識は、本当に役に立つのか?」と半信半疑の顔だ。


「役に立つさ! たぶん!」


 俺は自信を持って(?)言い切った。


「このエピソードでは、主人公たちはダクトから侵入して、監視システムの制御室を一時的に無力化し、その隙に捕虜を救出して、非常用通路から脱出したんだ!」


 俺の提案を元に、エレナさんがその知識と見取り図を照合し、より現実的な作戦計画に落とし込んでくれた。

 アーシャが潜入時の注意点や戦闘になった場合の対処法を補足する。

 カリナも通信で後方支援をしてくれることになった。

 ルークは持ち前の身軽さを活かして、ダクトの先行調査と鍵開けを担当。

 エレナさんは監視システムのハッキング(魔法的なものらしい)を担当することになった。

 俺とアーシャは戦闘と教授の護衛だ。


 その夜、俺たちは作戦を決行した。

 深夜、月のない闇に紛れて、目標の貴族の館へ接近する。

 高い塀をアーシャが先に登り、ロープを垂らして俺たちを引き上げてくれた。

 ルークが図面通りに換気ダクトの入り口を見つけ出し、得意のピッキングで格子を外す。


「よし、開いた!  先に行くぜ、アニキ!」


 ルークが猫のように身軽にダクトへ潜り込み、俺とアーシャも後に続いた。

 エレナさんは少し大変そうだったが、なんとかついてくる。

 狭く、埃っぽいダクトの中を這って進むのは、思った以上にキツかった。

 時折、下から聞こえる兵士たちの話し声に、心臓が跳ね上がる。


「……こちら制御室、異常なし」


 特撮番組通り、深夜二時の交代直後を狙って、俺たちは監視システムの制御室の真上に出た。

 ルークが再び鍵を開け、俺とアーシャが音もなく室内に降り立ち、交代したばかりで油断していた兵士二人を素早く気絶させる。

 エレナさんがすぐに制御盤に取り付き、複雑な魔法陣のようなものを操作し始めた。


「……よし、一時的にですが、魔力センサーを無効化しました!  急いでください!」

「よし、今のうちだ!  教授のいる地下牢へ急ぐぞ!」


 俺たちは足音を忍ばせて廊下を進み、地下へと続く階段を下りた。

 途中、見張りの兵士数人と遭遇したが、アーシャの剣技と俺の援護、そして不意を突かれた相手の油断もあって、なんとか切り抜けることができた。

 チームで戦うことの心強さを、改めて実感する。

 エレナさんは戦闘はできないが、的確な状況判断で俺たちをサポートしてくれた。


 そして、ついに俺たちは一番奥の牢の前にたどり着いた。

 鉄格子の向こうには……やつれた様子ながらも、床に座り込んで何かの計算式を地面に書いていた、見慣れた白髪の老人の姿があった。


「教授!」


 俺が小声で呼びかけると、教授はこちらに気づき、分厚い眼鏡の奥の目をぱちくりさせた。


「おお、一翔くんじゃないか!  それにアーシャくんとルーク坊主も!  エレナくんまで!  どうしたんじゃ、こんな時間に?  実はな、わし、ここで面白い数式の証明を思いついて……」


 この人は、捕まっていても通常運転らしい。

 俺は苦笑しながら、ルークに合図を送る。

 ルークが手際よく牢の鍵を開け、俺たちは教授を連れ出した。


「さあ、教授!  話は後です!  急いで脱出しましょう!」


 俺たちは、エレナさんが解析してくれた、警備が手薄な裏手の非常用通路を目指して走り出した。

 途中、警報が鳴り響き、追っ手が迫ってきたが、アーシャが殿(しんがり)を務めて時間を稼いでくれた。


 なんとか館の外へ脱出し、夜の闇の中を走り抜け、俺たちは無事に隠れ家へと戻ることができた。


「ふぅ……なんとかなったな……」


 アジトで息をつきながら、俺は仲間たちの顔を見回した。

 俺一人の力じゃ、絶対に成功しなかった作戦だ。


「みんな、ありがとう」


 素直な感謝の言葉が口をついた。

 一人の英雄として戦うのではなく、チームの一員として、それぞれの役割を果たし、困難を乗り越える。

 その大切さを、俺はこの救出作戦を通じて、改めて学んだ気がした。

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