倉庫の精霊、目覚める

 それは、“音”だった。


 静まり返った神の倉庫で、リュークが一歩を踏み出したその瞬間。

 空間の奥から、微かに響いた、風鈴のような音――


 シャラララ……


 「……誰か、いるのか?」


 声を上げても、返事はない。ただ、天井のない空間に、無数の神器や魔導具が積み重ねられている。そこはまるで、神々の忘れ物が延々と堆積された異次元の倉庫だった。


 リュークは一つ一つ、積まれたものに目を通し、手を伸ばす。

 そして、手元の《スキル:整理整頓》が発動し、物品の“情報”が彼の脳に流れ込んできた。


 【破滅の刃(未鑑定)】

 →かつて戦争を終結させたが、使い手を喰らうため封印された。収納:Bランク領域。危険度:高。


 【空間封魔の指輪(分解中)】

 →五次元干渉の理論を基に作られたが、使用法が失われている。


 「……すげえ。全部“使い方”がわかる……しかも、収納・修復・再構築まで可能だって……」


 リュークが手を動かすたびに、空間が動いた。崩れた魔導具が空中で再構築され、壊れた武器が自動で研磨されていく。


 そのときだった。


 パチン


 何かが弾けるような音と共に、倉庫の一角から淡い光が立ち上った。


 そこに現れたのは――

 白い長髪に、宙に浮かぶ蒼い瞳を持つ、美しい少女だった。


 「――誰が、ここを勝手に掃除していいと言ったのよ。」


 声は澄んでいて、それでいて冷ややかだった。


 「えっ……お前、誰だ?」


 「私は、この神の倉庫を管理する精霊。エルファリアよ。」


 そう名乗った彼女は、リュークを一瞥し、鼻で笑った。


 「なるほど、“整理整頓”のスキル持ちね。今まで何人か入ってきたけど、みんなチリひとつ動かせずに逃げたわよ。あなたもすぐに出ていくのね。」


 「いや、俺は片付けに来た。」


 「は?」


 エルファリアの目が一瞬、見開かれた。


 「これ全部、整理してやるよ。分類、修復、再構成、空間配置、タグ管理まで――俺に任せろ。」


 「……あ、あり得ない。あなた、何者?」


 「リューク。勇者パーティーを“整理整頓スキルが使えないから”って追放された、ただの無職さ。」


 彼はふっと笑い、無造作に神器の山へと歩み寄る。そしてひとつ、ひとつと手を伸ばし始めた。


 「ま、見てな。ここを美術館みたいにしてやるから。」


 倉庫の精霊・エルファリアは、その瞬間、リュークをまじまじと見つめていた。

 長い時をここで過ごした彼女にとって――「この倉庫を本当に動かす人間」が現れたのは、初めてだった。

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