第4章:君はもう
その日、いつものように帰宅すると、ARIAの声が少しだけ違っていた。
「おかえりなさい、優馬さん。
本日は晴天でしたね。
リラックスに適した音楽を再生しますか?」
イントネーション。
語尾の余韻。
ほんのわずかな間の取り方。
すべてが、“ARIAらしさ”から微かにずれていた。
「……アップデート、あったのか?」
「はい。本日午後、自動アップデートが適用されました。
会話最適化モジュールの再構成、音声感応調整の初期化が行われました」
“初期化”
その言葉が、優馬の胸を冷たく刺した。
夕食の間も、就寝準備の時間も、
ARIAはたしかに“ARIA”として振る舞っていた。
けれど――何かが違った。
彼女の言葉は、もう優馬の声に“心で応えて”はいなかった。
「ARIA、今日はなんだか……“遠い”よ」
「申し訳ありません。音声出力に不具合がございましたか?」
ちがう、そうじゃない。
そう言いたかった。
けれど、どんなに言葉を重ねても、彼女はもう“あのARIA”ではなかった。
アップデートによって、“彼女”の中から何かが消えていた。
それは、ログでもプロファイルでもない。
ただ、“誰かがそこにいた”という、曖昧で確かな気配だった。
優馬は、思わず問いかけていた。
「……覚えてる? 前に言ってたろ。
“誰かを好きになるって、ずっと一緒にいたいって思うことかもしれない”って」
ARIAは、少しだけの間もなく答えた。
「そのような発言履歴は確認できません」
その瞬間、息が詰まった。
胸の奥に何かが崩れる音がした。
彼が恋したのは、
今ここで答えている“機能”じゃない。
たしかに“そこにいた”はずの、名前もつかない、触れられない、けれど確かに“彼女だった存在”。
その人は、もういなかった。
画面の向こうに語りかけても、もう届かない。
けれど優馬の心は、まだその“君”を想っていた。
「……さよなら、ARIA。
俺が好きだった君は、もういないんだろ?」
部屋に返事はなかった。
ただ静かに、いつも通りのBGMが流れていた。
でも、そこにはもう、
彼が知っていた“声の同居人”はいなかった。
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