セレスティナ

馬車の一行はある湖のほとりまで来た。

ここで休憩だ。兵士たちが湖近くの坂へ次々と座って弁当を広げるのを見て、あたしは湖を囲む森の中に入る。

兵士の1人が後ろから尋ねてくる。


「もし、失礼、何をしようと?」

「ばか、トイレだよ」


隣の兵士がそう突っ込むが‥あたしは否定する。


「狩りです。弁当は持ち合わせていませんので」

「え、ええ‥冒険者は弁当を持たないのが普通ですか?」

「狩りをして自給自足するのが普通、ですよね」


兵士はぽかんとしていたが‥‥「ま、まあ、普通だな」と言って手を振ったので、あたしは小さく頷いてから森の中に消える。


あたしは17歳。冒険者を始めて12年間、一度も貴族や王族の護衛をやったことがないのを思い出す。

護衛依頼はAランクやSランクに出される、楽してお金のもらえる夢のような任務とも言われている。冒険者の仕事といえば通常は道なきところを進むものだが、貴族の護衛は貴族専属の兵士とともに比較的安全な道を歩くことになるからだ。それでも、絶対安全を求める貴族側にメリットは大きい。

あたしは指名依頼をもらったことがある。楽な任務を指名とはうらやましいとギルド職員にも散々言われたが、全て断っている。

理由は簡単で、貴族や王族に顔を見られてしまうと、あたしの親であるシャンティゼ公爵家の名声に泥がつく。たったそれだけ。何も難しいことはない。

この護衛任務で王女に顔を見せず、無事に帰られることばかりあたしは考えていた。


丸焼きにした肉を2本ほど串刺しにして食べ歩きながら湖に戻ってきた。

すぐさま、一人の見慣れない金髪の少女がそばに立っているのに気づく。

美しい白いドレス。身なりや白肌からして貴人‥‥おそらく今回の護衛対象である王女だ。今回の一行で女性は王女だけだったはずだ。


街で出発するときは自分の顔の上半分をフードに隠していたので、王女の髪色すら分からなかった。

せめて顔や特色くらいは見て覚えておけばよかったと後悔した。あたしが俯いて顔を隠す動作が一瞬遅れた。


「『常磐色の竜殺し』様でいらっしゃいますか?」


あたしは右手に持っていた串を左手に移した。左手で2本持つのはちょっときついけど。

常盤色のフードを指で引っ張って、顔の上半分を厳重に隠して、小さく頷いた。確か声を出さないほうがいいと側近から言われていた。


「申し遅れました。私はセスライテ王国の第一王女、イレーネと申します。お見知りおきを」


あたしはひたすら地面ばかり眺めているので、お見知りおきも何もないのだが、相手のスカートを持ち上げる所作で、頭を下げられているのが分かる。

これはあたしも名乗らないと流石に無礼だろう。この国の執事は、王女が賤業である冒険者に対して無礼をはたらくなどと言い間違っていたけど。


串を握ったままその場に跪く。


「あたしはトレスティン王国オリンシアギルド所属の特Sランク冒険者、エリカです」

「お名前はエリカと言うのですね」


‥‥一度声を出してしまった以上、はいと返事してもいいか、黙って頷くべきかで迷ってしまった‥‥が、その結論を得るより先に、王女は言葉を続けた。


「どうですか、このまま我が国まで来て、私の専属護衛になってみませんか?」

「え‥‥」


次の瞬間、向こうの方から執事が「殿下! 殿下! やっと見つけました!」と叫びながら駆け込んできた。はあはあと肩を上下させながら、なおも怒鳴る。


「殿下、常盤様にそのようなことをおっしゃってはいけません! ああ、常磐様、殿下が無礼を働いてしまい大変申し訳ございません」

「あら、見つかってしまいました」

「見つかってしまいましたじゃないです。殿下、馬車に戻りますよ!」


その体を、向こうにある馬車へ引っ張っていく。あの王女の取り扱いは若干大変なようだ。

‥‥あたしは無礼を働かれた覚えはないのだけど。ただあたしを誘うだけで無礼にあたるのだろうか? それに、賤業である冒険者に謝罪する文化が、隣国には存在するのだろうか。


王女を馬車に押し込んだあと、その馬車に近づいたあたしに執事は申し訳無さそうに頭を少し下げた。


「常磐様、大変申し訳ございません。ここから先は私どもが対応いたしますので、まだ途中で恐縮ですがお帰りいただけないでしょうか。私どもが向こうに到着次第、急ぎあちらのギルドを通して報告書を郵送いたします。こちら側の都合として報酬は満額でお出ししますので、ご安心ください」

「は、はあ‥‥」


これ以上あたしに同行されると都合が悪いというのが、その言葉のふしふしから伝わってくる。

まあ、都合が悪いのはあたしも一緒だ。一瞬とはいえ顔を見られてしまったし、無理に同行してこれから先どんなアクシデントがあるかも分からない。それに、今はまだ午後にさしかかったばかりだから、急いで帰ればギリギリ今日中に自邸に戻れる。


「あたしの働きがご期待に添えなかったようで、大変申し訳ございません」

「いやいや、そういうことではないですから。十分にお働きいただきましたから。こちら側の勝手な都合ですので、謝らなければいけないのはこちらです。どうぞ、ご容赦を」


あたしはどんな顔をすればいいか分からなかった。フードで隠しているけど。

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