第三章 ほどよく腐ったか 4

 総合病院の駐車場に車を止め、匠は光一郎の病室に向かった。


 個室のベッドに光一郎が横たわっている。生命維持のための装置によって脳死状態であっても、まるで生きているように顔色が良い。まるで眠っているようだ。


 匠はベッド脇に椅子を持って来て座った。じっと父親の顔を見つめる。それから、部屋の隅々まで見回して、独りごちた。


「俺は霊とかは信じてなかったけど、以前は親父の力を半分くらいは信じてた。霊に関して俺の信条は『九割は嘘で、残り一割は説明のつかない何か』だ。親父は俺にとって、説明の付かない一割に入ってる」


 匠は、思い悩むように頭を抱えた。


「ここ最近、除霊をしててさ、どうしてもこの一割だとしか思えないことが立て続けに起きてるんだ。親父がこんな目に遭うきっかけと同じ事が、俺の所にも持ち込まれてる。あの時、親父はラムネ瓶を呪物だって言ったよな。実は、耀もラムネ瓶を持ってたんだ。最初にすぐ気付けば良かった。気がつくのが遅れたせいで、耀が死んだよ」


 肘をベッドに突き、組んだ指で口元を擦った。


「ラムネ瓶と、親父をこんな目に遭わせた怪異が、耀を殺したと思ってる。耀のあだを取りたい。親父の仇でもあるしな。今の俺は、一割の何かのほうを信じてるんだ。親父、ここにいるんだろ? 俺が仇を取れるように力を貸してくれよ。な? 聞こえてるんだろ、本当は」


 しかし、機械の電子音がするだけで、病室は静かなままだった。


「分かったよ。返事がないってことは、俺には力を継がせないって事だよな。力がある兄貴のほうが跡継ぎにちょうどいいよな。俺は親父のためと思って頑張ってきたけど、全部無駄って事なんだな。でも、俺に出来ることをして仇を取ることにするよ。親父の道具がまだ残ってる。あれは俺が大切に使うことにするよ」


 言いたいだけ言うと、匠は立ち上がり、病室を出た。伝えたかったことは伝えた。親父が一割の何かなら、きっと話を聞いてただろう。そうでなかったら、親父も九割の嘘の一つだと、匠は苦々しく思いながら車に乗り込んだ。





 葬式が続いている。大きな事故も立て続いているらしい。町内会で知らせが回ってきて、里花は葬式に行った。故人は耀より少し年上の子供らしい。交通事故だと言っていた。


 帰ってきた里花が眉を曇らせて、喪服のまま、ダイニングの椅子に座り込んだ。


「どうした?」


 浮かない顔つきで、里花が湯飲みを手に持った。


「同じ学区内の子でみんな怪我したり病気になったり、今日みたいに亡くなったりしてるのに、確か、左奈田さなだ涼々ちゃんだったかな? この子だけなんともないんだって。みんな、家のせいだって言ってるのよね」


 すずという名前を聞いて、匠は興味を持った。耀が親しくしていた年上の少女と同じ名前だ。


「家のせい?」

「そうなの。その借家にね、かなり昔かららしいんだけど、赤ん坊を殺してた産婆の霊がいるって噂があるの。その産婆が、子供や赤ちゃんを殺した後、井戸に捨ててたんだって。そういう話をね、お葬式の間中、ご近所のおばあちゃん達が話すのよ。なんだか嫌になっちゃって」

「すずって言ったか?」


 里花が訝しげな目つきで匠を見る。


「そうだけど?」

「そいつだ。そのすずって子供が耀を唆したんだ。おかしいと思ったんだ。一年生の男の子相手に年上の女の子が遊び相手をするってさ、怪しいだろ。もしかすると、親父の孫って知ってたかも知れないな。ラムネ瓶だって、そいつが耀にやったのかもしれない」


 匠の言葉に、里花が目を大きく見開く。


「は? 何言ってるのよ。相手は子供じゃない。変な家に住んでるだけで、町内の噂の的になって、可哀想じゃないの。それなのに、耀のことを引き合いに出して。涼々ちゃんが可哀想じゃないの?」


 里花の目が引きつっているのを見て、匠は失敗したと首をすくめた。


「本当に、本当に。あんたって」


 里花が立ち上がり、捨て台詞を吐いた。


「いい加減にして。ラムネ瓶とか除霊とか、そういうの、もう聞きたくない」


 乱暴に足音を立てて、ダイニングを出て行き、バタバタと騒がしくした後、腕に納骨前の耀のお骨を持って、荷物をまとめた里花が、リビングのドアを開けた。


「実家に帰ります。後で離婚届を送るから」


 そう言って、バタンと激しくドアを閉めた。


「は?」


 匠は唖然として、閉められたドアを見つめていた。ハッと我に返って後を追い、玄関から外に出た。車庫に駐車していた唯一の乗用車がなかった。


「あいつ」


 匠は舌打ちすると、腹立たしげに玄関のドアを閉めた。


 いったんリビングに戻り、匠はどうすべきか考えながら、うろうろと歩き回った。

 まずはすずを捜すか? いや、あてどもない。それでは、何か手掛かりがあるか殺人事件を調べてみるか? それなら図書館に行けばどうにかなるかも知れない。


 考えをまとめると、匠は公共機関を利用して、大きい図書館に行くことにした。




 市内の中心にある大きめの図書館の司書に、古い新聞のデータがあるか訊ね、デジタルデータを一つ一つ見ていくことにした。


 提示された途方もない新聞の量にうんざりする。「かなり昔」という情報を頼りに、最近の新聞は除外した。


 赤ん坊の養育費目当てに、預かった金銭をだまし取った挙げ句赤ん坊を殺すことを、貰い子殺人と言うらしい。そういった殺人事件は、堕胎することが罪だとされていた時代に起こったことも分かった。そうなると、戦前から戦後ということになる。


 地味な調べ物だが、霊感も特別な力もない匠に出来る唯一のことだった。


 時間を掛けて調べていくうちに、「下槻香弥子しもつきかやこ」という犯罪者に行き着いた。


 戦前の日本で実際に起こった事件だった。


 産婆の香弥子は隠れて堕胎や生まれた赤ん坊を養育する仕事を請け負っていた。赤ん坊の養育費を受け取ったのち、預かった赤ん坊を殺して庭の井戸に捨てる。そこまでは、他の貰い子殺人同じだ。


 だが、香弥子は他にも何人も親のない子供を拾ってきて殺していた。その子供の一人が逃げ出して事件が発覚したのだ。


 香弥子は親も家もない子供をラムネで釣って、家に連れて帰り、肝を取るために殺した。さらに、親から養育費をだまし取った赤ん坊からも肝を取り出して、薬として売っていたのだ。


 それだけでなく、赤ん坊や子供の肝は若返りの妙薬と言われ、香弥子自身も食べていたという。食べることで寿命が延びると信じていた香弥子は、捕まる直前まで、赤ん坊の肝を生きたまま食っていたと報じられていた。


『赤ん坊の美味い肝を食べると長生き出来る』と供述したと新聞には書いてあり、匠は吐き気がした。


 二百人以上の赤ん坊と子供が犠牲になり、香弥子は死刑になった。


 香弥子こそが、光一郎を脳死状態にした怪異だと、匠は当たりを付けた。


 そして、その香弥子に取り憑かれたすずが、ラムネ瓶を子供に与えて殺しているのだろう。香弥子の持ち物である土地に建てられた借家に住んでいるのだから、当たらずも遠からずではないだろうか。


 耀はそのすずの犠牲になったのだ。すずに取り憑いた香弥子を除霊すれば、町内の不幸も収まると思った。収めたのが匠だと噂が広まれば、詐欺師とはもう二度と呼ばれなくなる。また元通りになる。

 

 脳死状態の光一郎は生き返らないかもしれない。しかし、手元には光一郎の道具が残されている。これさえあればなんとかなる。一割の説明が付かない何かがなりを潜めれば、残り九割の嘘を『除霊』した金で生活出来る。


 里花も大金を稼ぐ匠を見れば、出て行ったことを悔しがるだろう。


 図書館を出た匠は、地図を調べてだいたいの場所が分かった香弥子の家、今はすずの棲む家に向かうことにした。

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