第18話 逃走

 男共は拘束され、興奮してる者は気絶させられ連れてこられた。

 

「よし、動けないよう縛ったな。」


「娘達も全員居ます。

彼女らの持ち物はここに。」


 娘達の持ち物は、馬車の脇の荷車に他の物と共に積まれていた。


「荷物を馬車に移して、罪人を荷車に。」


 馬車には、罪人を乗せるだけのスペースがあるが、被害者と加害者を一緒にするのはマズいだろう。


 スカーレットの耳に、馬車内の会話が聞こえた。

 振り返れば、開け放たれた馬車の扉がある。


(ラッキー、聞き耳たてちゃお。)


 逃げるヒントになるかもしれない。

 気づかれない様に、耳を澄ます。

 侍が葵に近づいて言った。


「伊勢崎の女中は君だな。

おかげで早く来れた。

礼を言う。」


(あの青い子がなんかしたのか?

それで、俺の計画がおじゃんに……?)


 スカーレットは、ギリッと奥歯を噛む。

 あんな小娘が、俺の邪魔を……

 大量の美少女を連れ帰れるはずが……


 荷物が、馬車へと運ばれてくる。

 スカーレットを見張っていた侍が、彼女の手首を馬車の手すりにくくりつけた。

 荷物運びを手伝う為だ。


 スカーレットは、その隙に手首の周りに入れていた詰め物を取り始める。

 先ず、両手首の間のコーヒーや紅茶の紙袋を歯で破り、中身を地面に零す。

 僅かに緩んだ縄の下から、ハンカチを何枚も引っ張り出す。

 いつでも外せるぐらい緩んだ縄をつけたまま、リストバンドの中の神器を出せる様に準備する。

 スカーレットと荷車から視線が外れたその時、着火用の神器で香袋に火を点け荷車の上に放った。

 中は乾燥した香草だ、メラメラと簡単に広がる火。


「火事!?」


「消せ、消せ!!」


「黒森で火事なんて何が起こるか……!!」


 侍達が火事に気を取られている間に、馬と馬車を切り離す。

 馬の番をしていた侍も、消火にあたっていた。


(こういう時こそ、馬を落ち着かせなきゃいけないのにね。

まあ、こいつはそんな事でビビるたまじゃないけど。

さて、帰るにはお土産が無いとね。)


 馬に待つよう言って戻ると、消火する侍達を娘達が馬車から降りて見ていた。

 青い小娘は少し離れた後ろの方にいた。


(あーらら、なんて都合の良い。)


 スカーレットは頭からすっぽりかぶっていた長いベールを脱いで、近づく。


(大事に包んで連れてったげる。)



 少し前、葵は外が騒がしいのに気づいた。


「火事!?」


 彼女は馬車の外を覗く。

 侍達が慌てている。


「火事ですって!!」


 他の娘達が火事を見ようと押し寄せた為、葵は外に押し出される。

 娘らはもっとよく見ようとき出てたので、葵は脇に避けた。

 娘達は、さらに近づいていく。

 消火の邪魔になると思った葵は、注意しようとした。


「あまり近づくと危ない……」


 ズボッ


 葵に何かが被された。


(なっ!?)


 スカーレットが、葵にベールを被せてぐるぐる巻きにした。 

 咄嗟の事に、葵は反応できなかった。

 スカーレットは、葵を米俵の様に担いで馬に乗せた。

 自分も馬に乗る。


(あばよっ!!)


 走り出した馬に侍達も娘達も気づく。

 赤い衣装の女と、荷物の様に乗せられた赤と青の……


「逃げた!!

女だ!!」


「葵ちゃん!?」


 見覚えのある着物の裾に、お葉が叫んだ。


「葵ちゃんが居ない!!」


「いつの間に!?」


「隊長!!」


 侍達が指示を待つが、隊長の言葉は彼らの予想とは違った。


「……消火を続行、終わり次第帰るぞ。」


「隊長!!!」


「馬の無い我々では……」


 追いつけない、誰もが隊長の言葉の続きを理解した。

 だが、納得はいかない。

 そこへ近づいて来る音が二つ。

 女が逃げた方とは逆だ。


「馬だ。

乗っているのは……」


「隊長!

終わってしまいましたか?」


「菖次郎様!!蓮三郎様!!」


 二人の少年が、ひらりと馬から降りる。


「伊勢崎家次男菖次郎、および三男蓮三郎。

助太刀に参りました。」


 そうだ、黒森に何かあれば、伊勢崎家の者が来るのだ。

 

「菖次郎様、蓮三郎様!!

葵ちゃんが……」


「君は、八百屋の娘だね。

お葉といったか、葵がどうした?」


「葵ちゃんが連れて行かれて……」


 隊長が進み出て、説明する。


「犯人の一人が、馬で逃げました。

娘を一人連れています。」


「うちの女中か?いつだ?どっちに行った?」


「はい、ついさっき、南にございます。」


 隊長の言葉が終わるか終わらない内に、菖次郎は馬に乗った。


「追うぞ、蓮三郎!!」


「はい!!皆さんは先に森を出て!!」


 走り去ってゆく二人を見ながら、侍の一人が隊長に訊ねた。


「どうします?」


「我々は、一旦森を出て本部に連絡、判断を仰ぐ。」


 若君達は、他領に行っていたはず。

 帰って早々、お付きの者を待たずに飛び出して来たのだろう。

 今頃、お付きの連中はこちらに向かっている。

 若君達の事は彼らに任せて、娘達と犯人達を連れて行くべきだ。


(あの女中、取り戻せるといいな。)


 機転がきく良い娘だった。

 失うにはあまりにも惜しい。


(息子の嫁にするなら、ああいう娘がいい。)


 まあ、息子はまだ五歳なので、先の話だが。





 

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