第9話 女侍
次の日の夕方、葵は警護の侍の詰所を訪れていた。
「すみません、お邪魔します。」
「葵ちゃん、待っていたよ。
警護主任の侍が呼んだのは、黒髪の女性。
彼女は他の侍と稽古をしていたが、止めて葵の所まで来た。
楓は、ちょっと太めの眉が愛らしいの十五歳の少女だ。
「楓さんが、教えて下さるんですか?」
葵と楓は知り合いだ。
先日の覗き男の件以来、葵を学校まで送迎したのが彼女だ。
彼女が居ると喜助が絡んで来ないので、葵はとても助かっていた。
「そうだよ。
年の近いお姉さんの方が、おじさんよりいいでしょ。
じゃ、頼んだよ楓。」
警護主任はそう言うと、別の侍に指導しに行った。
「じゃ、葵。
これを持って。」
教鞭みたいな棒を持たされた。
「初心者用の神器だよ。
神域で育った木でできてる。
それは王都で採れた桐。
持ち主に負担をかけない、いい杖さ。」
(映画の魔法使いの杖!?
あるいはバトントワリング?)
前世のエンタメでよく見た道具だ。
クルクル回しながら使えば魔法少女になれるかもしれない、と葵は思った。
神通力を使うには、『神器』と呼ばれる道具が必要だ。
昨日、牡丹と蓮三郎が使っていた棒もそうだ。
あれの短い物か、と葵は思った。
「それに刃が生える想像をして。
小さい刃でいいよ。」
(小さい刃、カッターナイフとかでいいかな?)
前世で持っていた、切り絵用のナイフを思い出す。
細かな作業に向いている小さくて薄い、あのナイフ。
棒の先が光り、光が刃に転じる。
「うっわ、
よくこんなん出せるね!」
棒の先に出現した、小指の爪みたいなサイズの刃に目を丸くする楓。
近くに居た他の侍達も、なんだなんだと集まって来た。
「器用だな。」
「俺らだともっとでかいのを思い浮かべるけど、これはこれで使えるな……」
「神通力の節約になるな。」
「女中さんだと、こうなるかー。」
侍達が口々に感想を述べるので、なんだか恥ずかしくなって葵は刃を消した。
「疲れた?
あまり頑張り過ぎて、明日の休みに布団から起きられなくなったら困るよね。
終わりにしよっか。」
(あれ?
もう終わり?)
「まだ大丈夫ですけど……」
「駄目駄目、何とも無い内に止めとこ。
初心者はすぐ倒れちゃうから、無理は禁物。
また今度ね。
明日から一人で出かけても良いんだから、寝て過ごすなんて勿体ないでしょ。」
葵は、明日団子と饅頭を買いに行く予定だ。
私的な買い物に楓を付き合わせたくなくて、今まで我慢していた。
(うーん、これで終わりか。
前世の部活の方が大変だった気がするな。
私が子供だから皆甘いのか?)
だが、理由は後で分かった。
夕食を食べている最中に眠くなってきたのだ。
(こんな事、一度も無かったのに……)
後片付けを済まし、部屋に戻る。
布団を敷いていると、鈴とあやめが来た。
「葵、お風呂行かないの?」
「今日は、やめておきます。
すごく眠くて。」
「あっ、神通力の訓練のせいだ。
菖次郎様も幼い頃は、そうなっていたって母が言っていたわ。」
あやめの母は、菖次郎の乳母である。
樒子が産後に体調を崩した為、あやめを産んだばかりの彼女が雇われた。
なのであやめは、菖次郎と共にこの屋敷で育っていて彼に詳しかった。
「菖次郎様も?」
「たぶん、他のご兄弟もそうだったと思うわ。」
(そっかー、菖次郎様と一緒かー。)
なんだか嬉しくなってしまう葵だった。
次の日の朝、葵はこの屋敷に来て初めて寝坊した。
「葵、朝ご飯食べそびれるよ。」
鈴とあやめが起こすまで、目が覚めなかった。
急いで支度し、朝食へ。
「珍しいですね。
葵さんが、こんなに遅いなんて。」
志乃が言うと、他の女中も同意する。
「休みでもいつも通りだったものね。
暇だって働いたりして。」
「そうそう、『なんの為の休みよ』って思ってた。」
葵と年の近い少女達が、キャッキャッと盛り上がる。
彼女達は、娯楽に飢えている。
噂話は、大好物のようだ。
「そんな葵ちゃんがお菓子を買いに行くなんて、何かあったんじゃないかって噂してたのよ。」
「もしかして、お団子屋さんかお饅頭屋さんのお兄さんに惚れたんじゃないかって話してたの。」
ごっふぉおお!!
味噌汁を飲んでいた葵は、盛大に噎せた。
ゲホゴホと一通り噎せてから否定する。
「違いますよ!
ちょっと甘いものが食べたくなっただけですって!」
「こらこら。
葵ちゃんを、あんまりからかうんじゃない。」
与吉さんが、助け舟を出してくれる。
「「「はぁい。」」」
葵は、与吉にお礼の会釈をした。
与吉は、にっこりとして『どういたしまして』の気持ちを伝えてきた。
実家を離れて働く女中達にとって、与吉は『もう一人のおじいちゃん』だ。
(皆にも買ってこよう。)
朝食の後片付けを終えた葵は、私服の青い着物に着替えて出かけた。
女中達から美味しい団子屋と饅頭屋の情報は聞き出してある。
メモを片手に街へと向かった。
よく晴れた空の下、街は活気に満ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます