第7話 竹林の狐

 伊勢崎の屋敷の周りには、竹林がある。

 伊勢崎家が管理するこの竹林で採れた筍や間伐した竹は質が良く、料亭、竹細工の職人、それに一般人まで買いに来る。

 伊勢崎家にとって収入源の一つであった。

 今は筍の季節なので、毎日のように使用人によって筍狩りが行われていた。

 葵も偶に手伝っていた。


「筍を取り忘れると、竹になっちまうからな。

ちゃんと取らんと、竹林が広がっちまう。」


 そう言いながら、与吉は楽しそうに作業をする。

 

「与吉さん。この祠って何ですか?」


 最初に筍狩りを手伝った日から、気になっていた事を葵は訊いた。

 竹林の中に、しめ縄で囲まれた祠が有るのだ。


「それは、むかーし、この辺りを荒らしていた妖狐が封じられているんだ。

伊勢崎の初代当主様が妖狐を倒されたんだよ。」


「伊勢崎に伝わる伝説ですか?」


「いんや、本当の事だ。

我が子を殺されて妖怪になった狐を、初代当主様がお倒しになったのよ。

三百年前の事だな。」


「葵さん、知らなかったんですか?

この街じゃ有名な話ですよ。」


 志乃が、筍を袋に詰めながら訊いた。


「私、水元みなもとの出だから……。」


 葵が七歳まで住んでいた村は、水元という貴族の領地にある。

 高い岩山ばかりの地だが、山頂の雪が大川の水源になっている。


「そっちじゃ、知られてないかもしれんね。」


「おーい!

そろそろ帰るぞ。全部持ったか?」


 別の場所で作業していた使用人が呼びかける。


「もうちょっとです!」


(こっちの昔話、初めて聞いたな。)


――葵


「……?」


 呼ばれた気がして、葵は振り返ったが、誰も居なかった。


(気の所為か……。)


 葵は筍の袋を持って、その場を後にした。



 真夜中の竹林に、葵は立っていた。


(あれ、何で私こんなとこに居るの?)


 目の前には昼間見た祠があり、スポットライトの様に月光に照らされていた。


(竹林の中なのに明るい……)


 昼間でも薄暗い場所なのだが、あちこちに月光が射し込んでいる。


――そなた、前世の記憶があるな。


 祠の上に、白い女が現れた。

 長く裾を引く豪奢な着物、それに負けない豊かな白い長髪。

 黒曜石のような瞳。

 狐の耳、と二本の尻尾。


(九尾じゃないんだ……)


 葵は、少しだけガッカリした。


――そなた!

今、妾の尻尾を見てガッカリしたな!

日本人は、九尾に夢を見すぎじゃ!!


(うえっ!?

考えを読まれてる!?)


――当たり前じゃ!

妾を誰じゃと思ってる!!


(えっと……

伊勢崎の初代当主に倒された妖狐?)


――その通りじゃ、理解が速くて助かるの

少し間違いがあるが、そなたのせいではないしの


(やっぱりか。

んで、妖狐様が何の用です?

夜中にお屋敷の外に居たら、怒られちゃうんですが)


――全く転生者は不思議現象に慣れすぎじゃ

じゃが先に間違いを訂正させよ

妾には、可愛い二匹の子がおった

しかし、巣を開けている間に人間に殺され毛皮にされた


(自分語り始まった……)


――犯人はすぐ殺したが、毛皮が売られた後での

妾は、それを求め大勢の人間を殺したのじゃ


(結構、重いな

口調は軽いけど……)


――そこへ伊勢崎が妖狐退治にやって来た

日本から来た転生者じゃった

事情を知った伊勢崎は、妾の子の毛皮を探し出し、返したのじゃ

妾はその礼に、この地に封じられ、祀られる事を受け入れたのじゃ……


(初代様、良い人だな……

でも子狐、可哀想……)


――妾は伊勢崎の守り神となった

二匹の子と共にな


――ばあ!!


――こんばんわ!!


 狐耳が生えた子供が二人後ろから現れ、葵は盛大にずっこけた。


(ええ!?

一緒に居るの!?)


――そろそろ本題じゃ

そなた、妙な奴に付きまとわれとるぞ

気をつけよ

おそらく、そなたと同じ転生者じゃ

それ、転生特典じゃ

上手く使え


 妖狐(母)は、光る玉のような物を指で弾いた。

 それは、真っ直ぐ葵の胸に飛び込んで消えた。


(何!?

何したの!?)


――安心せい

神通力を授けただけじゃ

伊勢崎の遺言でな

『子孫か転生者が困ってたら助けてくれ』だそうだ


(転生者って、たくさんいるの?

私に付きまとってる人もだよね。)


――おお、おるぞ

この世界を作った女神は雑な女子おなごでの

生まれ変わる者から前世の記憶を消すのを、よく忘れるのじゃ

全く、不出来な母を持つと尻拭いが大変じゃ


(え、雑な女神の雑な仕事のせいで、私前世の記憶あるの!?)


――そうじゃ

じゃから記憶が有るか無いかのだけの違いなのじゃが、そなたらに分かりやすいよう記憶が有る者を『転生者』と呼んでおる

原初の女神が神の世界を作り、その娘の十二柱の女神が十二の世界を作った

じゃが、我らが母なる『八の女神』は世界を作った後、集中力が切れたのじゃ

一度作り上げた世界は、勝手に回る

後は輪廻転生の管理だけなのじゃが、飽きてしまったのじゃ

十二柱の女神は、それぞれ原初の女神の別の特徴を受け継いでいる

いい加減な部分が濃く出たのが、この世界の女神だ


(外れ感、半端ねぇな。)


 半眼になって肩を落とす葵。


――そろそろ目覚める時間じゃの



 葵は布団に横になったまま、しばらくボンヤリしていた。


(さすがに、ただの夢だよね。)


 顔を洗って、仕事着に着替えて、いつものように働く。

 洗濯物を干して帰ってくると、牡丹と蓮三郎が手合わせをしていた。

 伊勢崎家は全員神通力持ちで、子供達も訓練を重ねている。


「葵、見ていく?」


 近くで見ていた樒子みつこが、手招きする。

 菖次郎が使っているのと同じ、神通力の刃を出す棒で戦っている。

 蓮三郎は優しい少年だ。

 姉に攻撃するのに、抵抗があるようだ。

 牡丹はそこを突いた。

 薙刀のように、相手の武器を払った。

 棒は、葵が歩いてきた方角へ飛んでいった。


「拾ってきます。」


 葵が棒を持つと、何かを吸い取られる感じがした。


 ブゥゥゥゥン!!


 棒の先から青白く光る刃が出現していた。


「まぁっ!!」


「ええっ、嘘!?」


「あ、葵!?」


 三人が、驚きの声をあげる中、葵はボンヤリと刃を見つめていた。










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