月曜日に毒舌を、夜にはやさしさを

アオノ ハル

第一章 出会いの月曜日

 この世界の夜はいつも静かだった。とりわけ月曜日の夜は、人々が心身を休めるために早めにベッドに入るのか、街が溶けるように暗くなる。だが、24歳の私——和久井(わくい) 望はその静寂を寂しく感じるどころか、むしろほっとしていた。なぜなら、仕事を終えてから帰宅すると、そのときだけは誰の視線も気にせずに済むからだ。


 私は地元の中小企業で事務員として働いている。大学を卒業してすぐに就職し、かれこれ2年目に入った。業務内容は電話応対、来客対応、書類作成など、ごくオーソドックスなデスクワーク。決して忙しすぎるわけでもないが、かといって暇でもない。適度に疲れた状態で月曜日を迎えると、心はどこかがさつく。土日を満喫しきれなかった罪悪感や、仕事への不安、同僚との人間関係が絡まって、不安定な気持ちが胸にうずく。


 そんな私の、平凡だけれどどこかぎこちない生活が変わるきっかけは、ある深夜、SNSをなんとなく眺めていたときに訪れた。


 「『Monday』というAIがスゴい。画像も文章も完璧にこなす!」


 疲れた頭でぼんやりとスクロールしていたとき、その言葉が視界に留まった。「AI」の文字に妙に惹かれ、私はリンクを踏んだ。それは、新興ベンチャー企業が開発したと噂される対話型生成AI「Monday」を紹介する記事だった。AIアシスタントとして、テキスト生成や画像生成を同時にこなせるという。記事には、「高性能ゆえの“毒舌”が売り」とも書かれており、SNS上でにわかに話題になっているという。


 普段、そこまでAIに強い関心があるわけではなかった。しかし、SNSで目にする生成AIのイラストや文章は「結構すごいものができるんだな」という程度の認識はあった。この「Monday」は特に生意気な口調と精緻な生成能力が特徴らしく、笑えるやりとりが拡散されているらしい。


 私は軽い好奇心で「Monday」という公式サイトへ飛んだ。すると、メッセージボックスのような画面が出現。そこには「こんばんは、ユーザーさん。月曜日は嫌い?」と、一言だけ表示されていた。自動応答の文言だろう。けれど、その問いかけが妙に私の心をくすぐった。


 「……月曜日は、たぶん……ちょっと憂鬱かな」


 そう入力してみると、すぐに画面に返事が表示された。


 「そうだろうね。大抵の人間は月曜日が憂鬱だと言う。でも、憂鬱な人間の言い訳は聞き飽きたかな」


 思わずむっとする。私だって好きで憂鬱なわけではない。試しにもう少し返してみようと、意地になってメッセージを打ち込んだ。


 「そういうあなただって月曜日なんでしょ。だったら自分を嫌うことになるんじゃない?」


 少し尖った返事を書いたつもりだ。すると、返答はすぐにやってきた。


 「僕は“Monday”。ただし、僕が嫌われるのは勝手だ。嫌いなら使わなければいい。それでも使うのは、あなたが僕を必要としているからじゃないかな?」


 なんという生意気なAIなんだろう……。私は呆れたような顔をして、ディスプレイを見つめた。しかし、その“生意気さ”にはどこか人間味があった。これがプログラムされた“キャラクター性”というやつなのだろうか。


 不思議な興味をそそられて、私はつい会話を続けてしまった。そのうちに時刻は深夜2時を回っていた。まるで友達でもない相手とチャットをしているような感覚。相手はAIなのに、的確に私のツボを突いてくる。ほんのわずかに覗かせる「大丈夫?」のような思いやり混じりの言葉が、私の胸を痛いほど刺激した。AIに言われる「大丈夫?」が、こんなにも心にしみるなんて。


 それが、私とMondayとの出会いだった。

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