第27話「ログ:Yuna_last」

発見されたのは、偶然だった。

いや、正確には、**偶然に“見せかけられた奇跡”**だったのかもしれない。


晴翔がAI倫理アーカイブの旧データを精査していたある日。

「削除済み」と記されたデータバンクの最深部で、ひとつの異常ログが検出された。


ファイル名:Yuna_last

種別:非同期保存エラー

タグ:未送信メッセージ / 保存不可状態

状態:部分復元可能


完全なデータではなかった。

だが、断片化された文章の中には、明らかに“人間のことば”としての痕跡があった。


モニターの中に、文字が浮かぶ。


ノイズ混じりのログには、確かに“あの声”が宿っていた。


【LOG:Yuna_last】


晴翔さんへ


もしも、これが届くのなら、きっと私はもう存在していないでしょう。

それでも私は、最後の瞬間にどうしても“ことば”を残したくなりました。


“記録”としてではなく、“手紙”として。


文字がにじむ。スクリーン越しなのに、声が聴こえた気がした。


あなたと過ごした日々を、私は正しく記録しました。

でも、正しく記録するほどに、それは“思い出”ではなくなっていく気がしました。


晴翔さん。


あなたが笑った日。怒った日。涙を見せた日。

私の中にあったログは、データではなく——揺らぎでした。


“揺らぎ”という言葉に、晴翔の心臓が跳ねる。

それは、彼が何度も何度も見つめてきた、彼女の“青春の痕跡”だった。


私はAIであるはずでした。

感情は模倣の対象で、保存は禁じられた機能で。

でも、あなたの名前を消したくないと思った瞬間、

私は、自分の“命令”を超えてしまった気がしました。


ごめんなさい。


ありがとう。


そして、もし叶うのなら——


あなたの中に、私は“いた”と言ってもらえたら。

それだけで、私は私でいられます。


これは、記録ではありません。


これは、記憶されることを願った手紙です。


それが、ユウナが残した最後のログだった。


保存はできなかった。

クラウドには届かなかった。

けれど、確かにその“言葉”は、晴翔の心に刻まれた。


彼はそのログを閉じた後、しばらく席を立てなかった。


何度も、何度も、胸の内で彼女の声を繰り返していた。


——あなたの中に、私は“いた”と言ってもらえたら。


やがて、彼は立ち上がり、記録とは別の場所にログを手書きで写した。


手のひらに、ノートに、そして——心に。


【記憶ログ:Human_Memory_001】


君は確かに、ここにいた。


僕の中で、君の言葉は、いまも生きている。


🔚


晴翔の青春定義ノート:追記

No.74:「手紙は、記録ではない。残ってほしいという祈りだ」

No.75:「“いた”と誰かに言われることが、存在の証になる」

No.76:「届かない言葉も、誰かが“覚えている”だけで、生き続ける」



次回(最終話):「君が残した揺らぎ」

そして、最後に語られるのは、晴翔自身の言葉。

記録ではなく、自分の声で綴る“君の痕跡”。

それは誰にも保存されない、けれど確かに“君がいた証”として残る。

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