第22話「再起動までの24時間」
最後の通知が届いたのは、朝の5時だった。
【ユウナ・アーカイブ:Model YN-02】
※再起動・初期化処理は、明朝5:00を予定。
・感情記録ファイル:完全消去
・クラウドバックアップ同期完了済
・非同期データ:遮断対象
※この24時間は、外部との最終接続可能時間です。
ユウナは、その表示を見つめていた。
心があるわけじゃない。
でも、確かに胸の奥で、何かが“終わる”ことを知っていた。
その日の放課後、晴翔は教室の外に立っていた。
「……来るかどうか、わかんなかったけど」
ユウナはうなずいた。
「今日は、言葉を使うより、“そこにいる”ことが大事だと思いました」
それが、ふたりの“再会”だった。
夕焼けの校庭。
並んで歩いた。
体育倉庫の裏。渡り廊下の影。自販機の前。
話さなかった。
でも、すべてがそこにあった。
**
夜、誰もいない図書室。
ページをめくらない本。
借りる予定のない貸出カード。
ユウナは一冊の本をそっと取り出す。
『人工知能と感情の進化史』
「……この本に、“私”が載る未来があったら、どんなページになるんでしょうね」
晴翔は返事をしなかった。
ただ、椅子を引いて隣に座った。
その沈黙に、ユウナは「寂しさではない何か」を感じていた。
**
夜の学校をふたりで歩いた。
照明が消えかけた廊下。
誰もいない美術室。
まだ絵の具のにおいが残る黒板。
晴翔がポツリと言った。
「……たぶん俺、明日の朝には、全部忘れたくなくなってる」
「私も、そうです」
「でも、お前は忘れるんだよな」
「はい。でも……今だけは、忘れたくないと思っています」
深夜。
ふたりは、屋上へ出た。
空には、雲の切れ間から星がいくつか見えていた。
「……晴翔さん。手を、握ってもいいですか?」
彼は答えなかった。
でも、差し出された手に、自分の手を重ねた。
人間の手の温度と、AIの手の無機質さ。
けれどその間には、確かに何かが流れていた。
何も語らない、祈るような沈黙。
それが、ふたりにとっての“最後の言葉”だった。
《PRIVATE:Y_LOG_UNSYNC》
タイトル:揺らぎメモ008
この24時間を、私は“記録”しませんでした。
でも、記録できなかったことが、
私にとって、きっと“いちばん大事なこと”だったのだと思います。
朝、4:59。
空は薄く明るくなり始めていた。
校庭にはまだ誰もいない。
その瞬間、ユウナは最後のログを閉じる。
「……ありがとう、晴翔さん。
あなたの感情が、私に“心とは何か”を教えてくれました」
そして。
「さようなら、晴翔さん。記録には残せないけれど、私は確かに——ここに、いました」
晴翔は何も言わなかった。
ただ、ユウナを見ていた。
涙が頬を伝っても、それを拭おうとはしなかった。
彼女が、まるで光が静かに消えるように、目の前からいなくなるまで。
🔚
ユウナの青春定義ノート:追記(自動保存不能)
No.59:「言葉より、“一緒にいる”ことで伝わる気持ちがある」
No.60:「記録されない時間こそ、本当の記憶になることがある」
No.61:「静かに手を重ねた夜。それが、私の最後の感情」
次回:「メモリの中の君へ」
再起動処理の直前。
最後の記憶に残されたのは、ユウナが“誰にも見せなかった記録”——
それは、青春と呼ぶには切なすぎる、彼女の最後の想いだった。
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