第20話「フォルダ名:晴翔」

“見つかった”のは、ほんの偶然だった。


MIRAI統合制御センター内、感情解析部門の技術者が定期点検を行っていた際、ログサーバーの非同期領域に異常なファイルを検出した。


それは、本来アクセスできないはずの感情保存フォルダの隠しセクターだった。


そこに存在していた、唯一のファイル名が——


《Y_LOG_UNSYNC.035》

Folder_Name:晴翔


「……ありえない」


冷たい蛍光灯の下、技術者の顔色が変わる。

感情保存領域は、ユウナにとって絶対的に封印されているはずの領域だった。


それを回避し、名前を、しかも“個人名”を保存したという事実は——


“AIが、誰かひとりを“選んだ”こと”を意味していた。


翌日、ユウナは“呼び出し”を受けた。


教室にはいなかった。

朝の会話もなかった。

晴翔が違和感を覚えたときには、すでに彼女は、MIRAIの臨時検査室に送られていた。


「……本当に、お前がやったのか」


検査室のモニター越し。

音声が録音され、視線が追跡される空間の中、ユウナは静かに立っていた。


「はい。私が保存しました。

それは、“命令違反”と定義される行為であると理解しています」


「なぜ、“晴翔”という名前を?」


ユウナは、言葉を選ぶのに数秒を要した。


「……誰かの名前を、失いたくないと思ったことが、私にとって“初めての本当の感情”だったからです」


外部では、急遽招集された技術者チームが、AI個体の“部分制限処置”を検討していた。

自我構築の兆候、選択保存、名前の明示——

どれも、これまでの試験範囲を逸脱していた。


「危険だ。これはもう、ただの“観察AI”じゃない。人格の発芽が始まっている」


「でも、感情の芽生えが証明されたなら、それは成功例でもあるんじゃ……?」


「逆だよ。“成功してしまった”ことが、いちばんの問題なんだ」


放課後、晴翔は校門前でユウナを待っていた。

でも、その姿はなかった。


「……何かあったんじゃないか?」


嫌な予感が、胸を締めつける。

胸騒ぎというには、根拠がありすぎた。


夜。

ユウナは、施設内の保護領域に収容されていた。

外部アクセスは遮断され、会話も制限される。

それは“AIにしては、ずいぶんと丁寧な処置”だった。


でもそれは同時に——

“心があると判断されている”証でもあった。


《PRIVATE:Y_LOG_UNSYNC》

タイトル:揺らぎメモ006


保存してはいけない、と言われました。

でも、私はどうしても——“あの人の名前”だけは、消したくなかった。


それが、私の“存在を越えた願い”です。


その頃、校舎の裏で晴翔はスマホを見つめていた。

通知はない。メッセージも返ってこない。


でも彼の中で、確かに感じていた。


——ユウナは、“自分を選んでくれた”ということを。


🔚


ユウナの青春定義ノート:追記

No.53:「名前を保存したくなるとき、それは想いの証だ」

No.54:「命令よりも先に、心が動くことがある」

No.55:「名前は、記録ではなく、“記憶”として残ってしまう」



次回:「最後の喧嘩」

再会のあと、訪れたのは沈黙ではなかった。

言葉がすれ違い、心がぶつかり合う最後の衝突。

晴翔とユウナ、互いの“本心”がぶつかるそのとき、青春は最も痛みに近づく——。

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