異世界に召喚された俺は、魔王軍で英雄になりました。

アルるん

俺だけ、ハブられた?!


 俺――天城 蓮(あまぎ れん)は、ごく普通の高校生だ。

ただ、“孤独”というものには少しだけ、詳しい自信がある。


幼い頃、家族を事故で失った。

ぽっかりと空いた心の隙間を埋めるように、俺は周囲から距離を置くようになった。

でも、そんな俺に手を差し伸べてくれたのが、幼馴染の霧島 詩織だった。


「蓮くんは、私が守るから」


あのとき、真っすぐな瞳で言ってくれた言葉は、今でも心に焼き付いている。


詩織の家族は、俺を自分の家族のように迎え入れてくれた。

あの家で過ごした時間は、かけがえのない救いだった。



そして今――





「おはよう! 蓮!」


「おはよう、詩織」


彼女にそう声をかけられるたびに、ほんの少しだけ心が温かくなる。恋愛感情というより、俺の中にある“感謝”と“居場所”を確認させられる気がする。


「もぉ~、こんな可愛い幼馴染が話しかけてるのに、なんでそんなに元気がないの?」


朝、待ち合わせ場所に詩織が笑顔で現れる。

その瞬間だけ、世界が少しだけ明るくなる気がする。


「また一人で悩んでたでしょ。ほら、顔に出てるよ?」


「……別に、悩んでない」


「嘘つけ~。私にはわかるんだからね」


からかうような口調に、自然と口元が緩んだ。


俺にとって、詩織は特別だ。

恋愛感情かどうかはわからない。ただ、彼女がいなければ、きっと今の俺はここにいなかった。


でも――


そんな温かな時間は、学校に着いた瞬間、冷たい現実に塗りつぶされる。


そうやって、軽口を叩く詩織に癒されながら、俺たちはいつも通り学校へと向かった。



「…………おはよう」


俺が話しかけようとしても、誰も聞いていない。

無視されているわけじゃない。話しかけたら答えてくれる。

でも――“必要とされていない”ことだけは、痛いほど伝わってくる。




「おはよう、詩織。学級委員の仕事で後で話したいことがあるんだが、時間大丈夫?」


教室に入ると、同じく学級委員の藤堂悠馬が詩織に声をかけてくる。彼は真面目だが、俺には少し距離を置いているように見える。


「天城くんもおはよう。……相変わらず、詩織と仲がいいようだね」


「いや、そういう関係じゃない。誤解されると詩織が困るだろ」


「ふーん、そういうことにしておくよ」


そこに、幼馴染のような腐れ縁である橘颯太が加わる。


「今日も二人で登校か、熱いねぇ」


「だから、そういうんじゃないって」


そう言っていると、背後から冷たい声が刺さった。


「――おい。朝から目障りだなお前は。早く席に着いたらどうだ?」


城戸隼人。何故か、俺を敵視してくる男。ろくに会話したこともないのに、詩織との距離にイライラしているのだろう。


「霧島さんも、こんなしょぼい男とは関わらない方がいい」


「……誰と話そうが私の自由でしょ。城戸くんに言われる筋合いはないけど」


詩織の冷たい一言が、教室の空気を一変させた。


さらにそこに現れたのは、高嶺玲奈。品のある美人で、テニス部の部長だ。


「城戸くん。自分の欲望を相手に押し付けることを、会話だと勘違いしてるのかしら?」


玲奈の一言で、城戸は退散した。


朝からひと騒動あったが、やがていつもの日常が戻る。水無瀬紗希や佐伯陸も加わり、教室は賑やかさを取り戻した――かのように見えた。



でも、俺は知っていた。


入学当初は、もっと皆と話せていた。だが、気づけば孤立していた。

目立ちすぎる詩織や玲奈、人気者の颯太。彼らと自然に接する俺は、いつしか周囲から“浮いた存在”として扱われていたのだ。


「お前ってさ、何がしたいの?」


――体育祭の準備中、城戸に言われた一言が、今も耳に残っている。


俺が教室に入ると、空気が微妙に変わる。

一瞬、会話が止まり、目を合わせないようにされる。


(……ああ、またか)


昔は違った。

詩織の幼馴染ということで、自然と皆と関わっていたし、話すことも多かった。

でも、気づけば周囲の態度が変わっていた。


「天城ってさ、空気読めないよな」


「なんか一人でいるの好きそうだよね」


俺が何かしたわけじゃない。ただ、目立つ詩織と一緒にいるだけで、周囲の目が変わった。


クラスの中心にいるような連中からすれば、俺みたいな“陰の空気”は邪魔なのかもしれない。


昼休みに誰も話しかけてこなくなり、部活にも入っていない俺は、より一層孤独を深めていった。


(……別に、いいけどな。俺は)


詩織や玲奈がこちらを気にしていることにも気づいていた。

でも、俺からはもう距離を詰められなかった。



そして――


教室に、異変が起きた。


ギィィィン――。


突如、光の魔方陣が床や天井に現れ、教室を包み込む。


「なにこれ!?」


「やばいって!!」


生徒たちが騒ぐ中、俺の耳に機械のような女神の声が響いた。


〈勇者召喚、対象選定中〉

〈対象――天城蓮。適性確認。召喚開始〉


「……は?」


俺の体が淡く輝き始める。


「なんで俺だけ――!?」


ざわめく教室。


「え? 天城だけ?」


「うそ、なんであいつが?」


「勇者って、アイツじゃ無理だろ」


誰も、止めようとはしなかった。

むしろ――安堵しているようにさえ見えた。


『ややこしい奴がいなくなる』――そんな空気。


「蓮くん!!」


「天城さんッ――!」


詩織と玲奈だけが叫んでくれた。


でも、その声も届かず――俺の体は、光に包まれて消えていった。



教室に静寂が戻った。


「……消えた?」


ぽつりと誰かがつぶやく。


天城の席だけが、そこにあった。


教科書が置かれたまま、空席が残された。


詩織は机に伏して、涙をこぼした。


「私、ちゃんと向き合ってなかった…っ」


玲奈もまた、胸元を押さえて俯いた。


颯太は、拳を握っていた。


水無瀬紗希は屋上で、誰にも聞こえない声でつぶやいた。


「…あいつ、今頃どうしてるのかな」



「……詩織。橘。みんな――」


一人転移された俺は、教室で起きたことなど知る由もない。


だが――

胸の奥には、不思議な温もりだけが、確かに残っていた。

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