第3話 『あま子と話題の入浴剤』

楽しみの入浴剤。


 あま子は、ずっと楽しみにしていた入浴剤があった。

 SNSで話題になっていた「星空の湯」という、湯船に入れると青く輝く幻想的な入浴剤。香りもリラックス効果抜群で、まるで宇宙に浮かんでいるような気分になれるらしいと話題で、あま子とずっと気になっていた。


 品切れが続いていたが、粘り強く待った甲斐があって奇跡的にネットで注文が出来たのだ。あま子は購入ボタンを押して、購入完了の文字を見た時に目を輝かせた。


「わー! ずっと試してみたかったんです……!」


 仕事や勉強で疲れた日々。 届く日は偶然にも休みの前日、この入浴剤でゆっくりお風呂に入り、特別な夜を過ごすつもりだった。


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 今日は例の入浴剤が届く日。配達画面には宅配便の到着予定は20時まで。遅くても20時には手元にある。あま子はすでにお風呂を綺麗に掃除し、20時には沸かすようにしている。幸せの時間への準備は万端。


 あとは、入浴剤が届くのを待つだけ――。


 しかし、この日もまた「不憫な一日」となってしまうのだった。


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 19:30。

 まだ届かないが、まあ予定時間までは余裕がある。


「まだかなー、そろそろお風呂を沸かしましょう」


 あま子はルンルンでお風呂の準備。音楽も長そうとスマホからリラックス曲を選ぼうと楽しみが漏れる。


 20:00。 ……チャイムは鳴らない。


 スマホを確認し、配送状況をチェックする。ステータスは「配達中」。


「もうすぐ届くはずです……!」


 そう信じて、お風呂の温度をキープするために蓋をして待つ。


 ……20:15。

 ……20:30。


 依然として、荷物は届かない。


 スマホを握りしめ、何度も画面を更新するあま子。しかし、状況は変わらない。ずっと配送中の文字。


「少し遅れることもありますよね……でも……」


 そう思いながらも、だんだんと不安になってくる。


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 20:45。ようやくスマホの画面に新しい通知が届いた。


「配送遅延のお知らせ」


「……え?」


 さらに詳細を確認すると、そこにはこう書かれていた。

「お客様のご注文は手配ミスにより、本日の配送ができません。お届け日は後日となります」


「………………」


 ショックのあまり、しばらくスマホを見つめる。

 今日という日を楽しみにしていたのに、まさかの発注ミスで後日配送。


 まるで、楽しみにしていたケーキを目の前で落とされたような気分だった。


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 あま子は、とりあえず深呼吸をして気持ちを落ち着ける。 入浴剤は届かなかったけれど、お風呂自体はすでに準備されている。

 せっかくだから、入ろう――。そう思い、浴室のドアを開けたあま子。暖かい湯気の心地がするはずだった。


 ……そこに広がっていたのは、もう湯気の立たなくなった、ぬるめのお風呂。


 あま子の目に涙が浮かぶ。何もかも失敗。待っている間に少しずつ冷めてしまったらしい。


 想像していた「幻想的な青の湯」とはほど遠い、ただのぬるいお湯。静かな浴室に、ぼちゃん、と小さな音を立ててお湯に手を入れる。


「……こういう日もありますよ、えへへ」


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 結局、そのまま何も入れずに湯船につかるあま子。追い焚きなどはついてない浴槽。お湯はぬるいし、気持ちもどこか落ち着かない。まるで心を表してるかのよう。覚めたお風呂といまの気持ち。浴槽で膝を抱える。寒い。


「……これは、ただのぬるいお風呂です……」


 せっかくの「特別な夜」のはずが、ただの「普通の入浴」に変わってしまった。 いや、普通の風呂ですらない春先のぬるいお風呂は少し体温を下げた。


 水面をそっと指でなぞると、静かに波紋が広がる。湯気の少ない浴室は、どこかひんやりとしていて、ちょっとだけ寂しい。 再び目に涙がうっすら。


「……こういう日もありますよね……」


 そう自分に言い聞かせながら、目を閉じた。


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 数日後、ようやく「星空の湯」の入浴剤が届いた。封を開け、中のパッケージを眺める。


「……あれから一週間以上経ってしまいました」


 でも、せっかく届いたのだから、今夜こそ試してみよう。改めてお風呂を沸かし、湯船に入浴剤を落とす。青く輝く湯の中に、ふわっと優しい香りが広がる。


「……ふぅ」


 少しだけ、遅れてしまったけれど――。ほんの少しだけ、あの日の気持ちが報われた気がした。


 暖かかくて、気持ちいい。

おわり。

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