第21話 夜の騒ぎ

 いつもは人通りが多い学園都市の街並みも、夜になるとその喧騒が一気に消えて、静かな時間が流れる。ナナカのカフェ「スターループ」も例外ではない。


「ま、ここが静かなのはいつもの事なんだけどね。結界も張ってないのにどうして誰も来ないんだろう?」


 カウンターに座り、磨き上げたばかりのコーヒーカップを丁寧に並べながら、ナナカは呟く。


「魔法を使えば人を呼ぶなんて簡単なんだけど、それだと見えている結果にしかならないから違うのよね。そんな事では私がこの世界にいる意味が無い」


 ナナカは皿を洗うのにAIも魔法も使わない。でも、簡単な道具ぐらいは使う。


「妥協か計算か、この都市の文化はどこへ向かうのかしら。フフ……」


 今日もあまり使う事の無かった皿を磨き終え、ナナカはちらりと時計を見上げた。


「もうこんな時間か……」


 閉店の時間は過ぎている。客がいないのは当然として、出ていったイオリも戻ってこない。


「リィナちゃんと言ったっけ、上手くやっているのかしら……」


 ナナカは少し眉をひそめ、手元のスマート端末を開いた。町はずれの丘で爆発があったとニュースになっていたが、二人の動向が分かるような情報はなかった。


「ザイ達の居る場所か……何か揉め事でも起こしたのかしら。あの子は昔から向こう見ずなところがあったし、もう私に頼らず自立して欲しいんだけど……」


 軽くため息をついて、コーヒーポットに残った少量のコーヒーをカップに注ぐ。湯気がふわりと立ち上り、人のいない夜のカフェに芳ばしい香りが広がった。


「リィナも一緒かしら……?」


 思い出されるのは、少し前にイオリと一緒に来た転校生の少女。どことなく浮世離れした雰囲気と、無邪気な笑顔が印象的だった。


「……まさか、変なことしてないわよね。私が釘を刺しに行くなんて無い事をお願いしたいところだけど」


 ナナカはカウンターの奥に手を伸ばし、小さな棚から薄いノートを取り出した。それは彼女が独自に集めた学園都市の情報が記されているものだ。

 指を弾くとそれは魔法世界の物へと変わる。


「ここは静かだわ。でも、少し騒がしくなってきた」


 町の外へ治安部隊が向かって行く警報音がこんなカフェの中まで届いてくる。


「無事でいてよ、イオリ……」


 そのつぶやきは、誰もいない暗闇の静寂へと消えていった。




 戦いが決着しても二人がのんびりしている時間は無かった。ザイを倒した事で彼のかけていた結界魔法も解かれ、周囲の警報が一斉に鳴り響く。

 騒ぎに気付いた都市全体が揺れるかのようなサイレンの音が、二人の鼓膜を突き刺した。


「なんかうるさいんだけど」

「ここはまさに中心地だからね」


 イオリが小さく息をつきながら、手元の端末を操作する。


「少しの誤魔化しなら出来るけど、さすがに爆発まで上がっていたら派手な隠蔽は逆に怪しまれるね」

「どうするの?」


 リィナは焦りを隠せない。イオリは淡々と端末を操作し続け、数秒後にふっと口元を緩めた。


「よし、逃げよう」

「結局それしかないわけね」

「ハッキング完了。逃走ルートを用意したよ。あとはリィナお願いできる?」

「任せて。もうこれが初めてではないもの」


 リィナはすぐに魔法陣を展開し、自分たちの存在を薄れさせる結界を張った。そのままイオリを乗せて魔導箒を駆って浮遊する。

 だが、地上にはまだ倒れた魔法使い達がいる。


「ザイ様達はどうするの? 魔法世界の事を知られたら争いになるかもしれないわ」

「そっちの事はユニに任せてあるから安心して。逃走に集中!」

「任せるわ!」


 リィナはすぐさま箒を発進させる。もう丘の方は振り返らず都市へと突入していく。途中で治安ドローンの光がいくつか通り過ぎていった。


「不思議。なんだか帰ってきたって感覚がするわ」

「家に着くまで油断しないでよ」

「分かってるわよ!」


 リィナはやや強く箒を蹴り、進路を飛ばしていった。

 イオリにはなぜ彼女が少し不機嫌になっているのか、分かる気がして微笑んだ。


「お帰り、リィナ」

「まだ気が早い!」


 都市と魔法の光は優しく二人を包み込んでいた。

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