🌱第1章「出会いと違和感」

#01「進路希望なんて空欄でいい」

「はい、じゃあ、進路希望調査、来週の水曜までに提出してねー」


担任の声が、教室の後ろにまでなんとか届いている。

が、返事をする者は誰もいない。プリントを机の端にぽんと置いたまま、誰かのため息が聞こえた。


ユウキもその一人だった。


紙の上には、ただ「進学」「就職」の選択肢、希望理由、志望校の欄が並んでいる。

みんなはこれを、何気なく埋めて出すのだろうか。

進学理由に「学びたい学問があるため」とか、志望校に「○○大学」とか書いて。


ユウキは、ボールペンのキャップを何度も外してははめ直した。


空欄のまま提出しても、別に怒られたりはしない。

「まだ迷ってるだけでしょ?」って流されて終わりだ。

でも、本当は違う。“まだ決まってない”んじゃない、“わからない”んだ。

何がしたいのかも、どこへ行きたいのかも。


「……なあ、ユウキ。第一志望って決めた?」


隣の席のソウタが、プリントを小突いて聞いてきた。

ソウタは推薦で大学がほぼ決まっている。体育系。中学からバスケ部で、ずっと一途だった。


「いや、まだ。空欄にするわ」


「マジで? 担任、またあの“AIキャリア相談室”に送る気じゃね?」


ユウキは軽く笑って、肩をすくめた。


「別にいいよ。AIでも幽霊でも、答えがあるなら教えてほしいしな」


そう口にしたものの、胸の中にはモヤモヤが残った。

AIが進路を決めてくれる? 自分に合った職業を教えてくれる?

それって、便利だけど…怖くないか?


もし、「君には向いてない」って言われたら、俺の“やりたい”はどうなるんだ?



帰り道、ユウキは、制服のポケットにくしゃくしゃのまま入れていた進路希望調査を見つめた。

どこにも向かっていないままの白紙。

でも、それは「無責任」じゃなくて、「誠実」な空欄だと思いたかった。


正直に、まだ決められない。

正直に、焦っている。

正直に、何者にもなれない気がしている。


教室の喧騒のなかでも、スマホの画面でも見えなかった“何か”が、

この白紙の向こうにあるような気がした。


「……空欄でも、いいだろ。今はまだ」


ポツリと、自分に言い聞かせるように呟いて、

ユウキは歩き出した。ほんの少しだけうつむきながら。


知らない未来に、一歩近づいた気がした。


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