第22話:三位一体の戦術、覚醒の兆し

「世界の絶望なんて、俺たちが絶対にさせない…!」

一郎の魂の叫びは、まるで古の誓いのように、瘴気が渦巻く呪われた広場に木霊した。その決意に呼応するかのように、右手に握る聖剣の青白い炎は、まるで彼の魂そのものが燃え上がったかのように一層激しく、そして気高く燃え盛り、左の掌中の金色の石は、まさに夜明け前の太陽のごとき熱量と脈動を彼の全身へと送り込んでくる。しかし、それに応えるかのように、歪められた精霊樹の猛攻はさらにその苛烈さを増した。天を覆う枝々からは、黒曜石のように鋭利な無数の棘が、まるで悪意の雨あられとなって降り注ぎ、大地からは、おぞましい瘴気を纏った巨大な木の根が、まるで冥府の怪物の触手のように、縦横無尽に三人を捕らえんと襲いかかる。その動きの一つ一つに、かつての守護神の面影はなく、ただ純粋な破壊衝動だけが感じられた。

「くっ…! キリがない…! ルナ、リリア、俺から離れるな! 俺が前衛を死守する!」

一郎は聖剣を疾風のように回転させ、迫り来る棘を弾き、大地を裂いて襲い来る木の根を薙ぎ払う。一撃ごとに聖剣から迸る浄化の光は、瘴気を切り裂き蒸発させるが、精霊樹の圧倒的な物量と、まるで嘲笑うかのような驚異的な再生力の前に、一郎はじりじりと、しかし確実に押し込まれていく。聖剣が震え、警告音のような微かな唸りを発している。彼の脳裏を、金色の石を通じて流れ込んでくる古代の勇者たちの断片的な記憶が、目まぐるしく掠めては消える。それは、圧倒的な闇の力の前に、仲間を守り、愛する世界を守るために、己の全てを賭して立ち向かい、そして散っていった名もなき勇者たちの、気高くも悲痛な覚悟の残照だった。彼らの無念さが、一郎の胸を強く打つ。

「承知したわ! 一郎さん、お願いだから無理だけはしないで! 『アクア・プリズン・スフィア! グランド・ロックウォール!』」

ルナは銀色の石を強く握りしめ、立て続けに新たな詠唱を紡ぐ。彼女の周囲に凝縮された水の精霊力が、複数の巨大な水の球体を形成し、襲い来る木の根を一時的に包み込み、その動きを封じる。同時に、大地からは分厚い岩の壁が隆起し、降り注ぐ棘の弾幕を防ぐ。しかし、それらも長くは持たない。水の球体は瘴気に汚染され、岩壁は巨大な枝の一撃で粉砕される。彼女は冷静に戦況を分析し、次の一手を思考しながらも、その知的な瞳の奥には、仲間を失うことへの深い恐怖と、この圧倒的な力の奔流を前に、自らの知識が無力であるかのような焦燥感が渦巻いていた。「もっと力があれば…もっと早く、あの石板の真理に辿り着けていれば…!」

「精霊樹さん…! お願い、思い出して…! あなたは、こんな風に森を、仲間たちを傷つけるような存在じゃなかったはず…! みんなを愛し、その大きな体で守り、育んでいた、優しくて温かい、大きな大きな心を持っていたはずよ!」

リリアは頬を伝う涙も拭わず、翠色の石を額に当てて必死に呼びかけ続ける。彼女の声は、瘴気の壁に阻まれ、まるで分厚い闇に吸い込まれるように、なかなか精霊樹の心の奥底までは届かないようだった。それでも彼女は諦めなかった。たとえ万に一つの可能性でも、あの巨大な存在の奥深くに眠るはずの、かつての「善性」の輝きを、彼女は心の底から信じていた。彼女の小さな体は、周囲の精霊たちの苦痛に共感し続けることで、まるで自分のことのように疲弊し、震えていたが、その瞳の光だけは決して失われなかった。

その時だった。一郎が、連続して繰り出される精霊樹の想像を絶するほど強烈な一撃――大地そのものを叩き割るかのような巨大な根の一薙ぎ――を聖剣で受け止めた瞬間、彼の足元の地面が大きく陥没し、体勢を完全に崩してしまった。

「ぐっ…あああっ!」

「一郎さん!!」

ルナとリリアの悲痛な絶叫が、戦場に響き渡る。そこへ、精霊樹の最も太く、まるで攻城兵器のような鋭く尖った巨大な枝が、がら空きになった一郎の胸元めがけて、回避不可能な速度で容赦なく突き込まれようとしていた。時間が、まるで引き伸ばされたかのようにゆっくりと感じられる。

(ここまで、なのか…? いや、違う…! まだだ…! 俺には、守るべき仲間がいる! 彼女たちの未来を、笑顔を、俺が…! 託されたこの力と使命があるんだ!)

一郎の脳裏に、祭壇で見た、あの魂を揺さぶる光景――人と精霊が互いの違いを認め、手を取り合い、未来永劫の共存を誓い合う、あの純粋で、どこまでも力強い約束の光景――が、まるで昨日のことのように鮮明に蘇った。左の掌中の金色の石が、まるで彼の心臓そのものになったかのように、激しく、そして熱く脈動する。聖剣が、彼の魂と完全に同調したかのように、彼の手に吸い付くように馴染み、灼熱のエネルギーが彼の全身の細胞一つ一つを覚醒させるかのように駆け巡った。

「聖剣よ、金色の石よ…! 俺に応えろ! 俺に力を貸してくれ! この絶望を…俺たちの手で、希望へと変える力を!」

その魂からの祈りに応えるかのように、一郎の全身から、太陽のフレアを思わせる強烈な金色のオーラが、爆発するように噴き上がった。それは、彼が立つ地面を中心に、まるで聖なる波動の津波のように周囲へと急速に広がっていく。その神々しいオーラに触れた瞬間、あれほど濃密だった黒紫色の瘴気は、まるで陽光に晒された朝霧のように、シューッという音を立てて霧散し、重く息苦しかった空気が急速に浄化されていくのが、肌で感じられた。まるで清浄な鐘の音がどこからともなく響き渡り、光の粒子が舞い踊るかのような幻想的な光景が広がる。

「こ、これは…!?」

ルナが目を見張る。一郎を中心に形成された金色のオーラに満ちた空間は、まるで神話に語られる聖域そのものだった。その境界線の外では依然として瘴気が渦巻いているが、内側は嘘のように清浄な空気に満たされている。

「『セイクレッド・フィールド!』」

一郎が、己の中から湧き上がる新たな力の名前を叫ぶと同時に、金色のオーラの範囲がさらに拡大し、ルナとリリアをも完全にその温かな光で包み込んだ。その神聖な結界の中にいると、不思議と身体の疲労が和らぎ、瘴気に蝕まれていた魂が浄化されるかのように軽くなり、内から新たな力が泉のように湧き上がってくるのを感じる。息苦しさも完全に消え、混乱していた思考が澄み渡り、五感が研ぎ澄まされる。

「すごい…! 一郎さん、この力…! 周囲の瘴気を完全に中和して、私たちの魔力や精神力も、底上げしてくれているのね…!」

ルナは、自らの内に満ちる力の奔流に興奮を隠せない。一郎が生み出したこの奇跡の「聖域」は、絶望の淵に立たされていた戦況を一変させる、まさに希望の光だった。彼女の心にあった焦燥感や無力感が、確かな自信と闘志へと変わっていく。

「セイクレッド・フィールド」の絶大な加護を受け、ルナの魔力もかつてないほどに高まり、思考は水晶のようにクリアになっていた。彼女の左手に輝く銀色の石が、まるで呼応するように、星々のような眩い光を放ち始める。石板に刻まれた古代の文字が、ルナの脳裏で新たな意味を伴って高速で組み上がり、解読不能だったはずの、失われた超古代の強力な精霊魔法の術式が、まるで天からの啓示のように、彼女の意識へと鮮明に流れ込んできた。それは、膨大な情報量であったが、セイクレッド・フィールドによる精神力の増幅が、彼女の知性を最大限に引き出し、瞬時に理解することを可能にしていた。

「…見える…! 古代の偉大な精霊使いたちが編み出した、万物の根源たる精霊の力を極限まで励起させ、事象を操る魔法…!」

ルナはセイクレッド・フィールドの中で、その恩恵に感謝しつつ、集中力を極限まで高め、新たな魔法の詠唱を開始した。それは、これまで彼女が紡いできたどの魔法よりも複雑で、難解で、そして途方もなく強大な力を秘めた、神聖な言霊だった。

「リリア! 私に、このフィールドに満ちる清浄な風の力を貸して! あの忌まわしき精霊樹の、瘴気を最も濃密に噴き出している、あの歪んだ幹の亀裂を狙うわ!」

「うん、わかった、ルナちゃん! 全力で!」

リリアは翠色の石を両手で握りしめ、その輝きを増幅させながら、周囲に満ちる清浄な風の精霊たちに優しく、しかし力強く呼びかける。「みんな、お願い! ルナちゃんの力になってあげて! あの大きな木さんを、苦しみから救うために!」

セイクレッド・フィールド内の風の精霊たちが、まるで歓喜の歌を歌うかのようにリリアの呼びかけに応え、美しい翠色の光の軌跡を描きながらルナの周囲に集い始める。それは、やがて目に見えるほどの巨大な翠色の風の渦となり、ルナの魔力と完全に融合し、凄まじいエネルギーの奔流へと変わっていく。

「古き風の王の聖なる息吹よ、我が声に応え、星霜の理を超え、万象を貫く一筋の神速の閃光となれ! 『エレメンタル・バースト――ゲイルランス・テンペスト!』」

ルナが凛とした声で詠唱を終え、その白魚のような右手を精霊樹に向かって突き出すと、彼女の元に集束された膨大な風のエネルギーが、一本の巨大な、そして極限まで圧縮された翠色の光の槍へとその姿を変え、大気を震わせる轟音と共に、目にも留まらぬ速度で射出された。それは、セイクレッド・フィールドの力を受けてさらにその威力を増幅され、空間そのものを切り裂きながら、精霊樹の幹の最も瘴気が濃く、禍々しい脈動を繰り返している一点へと、寸分違わず吸い込まれるように突き刺さった。

「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

精霊樹が、これまでとは比較にならないほどの、魂の奥底からの苦悶の絶叫を上げた。エレメンタル・バーストが直撃した箇所から、黒紫色の瘴気が、まるで決壊したダムの水のように激しく噴き出し、その巨大な体が雷に打たれたかのように激しく痙攣し、大きく揺らぐ。その一撃は、分厚い絶望の鎧に覆われた精霊樹の核へ、確かに深手を負わせた証だった。

「やった…! やったわ、ルナちゃん!」

リリアが、思わず歓声を上げる。その瞳には、安堵と喜びの涙が浮かんでいた。

一郎も、セイクレッド・フィールドを必死に維持しながら、ルナが放った渾身の一撃に息を呑んだ。「すごい威力だ…! これなら…! この流れを、絶対に途切れさせてはならない!」

精霊樹の動きが、ほんのわずかな時間ではあったが、明らかに鈍り、苦痛に耐えるように沈黙した。その千載一遇の好機を、リリアは見逃さなかった。彼女は翠色の石を両手でそっと包み込み、その清らかな瞳で、巨木の奥底にあるはずの、本来の心を見据える。恐怖も疲労も、今は心の隅に追いやられていた。ただ、救いたいという一心で。

「精霊樹さん…! 今よ…! あなたの心の声が、私には聞こえる…! 苦しいんでしょう…? 悲しいんでしょう…? その苦しみ、私たちが必ず、必ず解き放ってみせるから…! だから、お願い…! あなた自身の、その強い、優しい力で、その邪悪な声に、その呪いに抵抗して…! あなたは、そんなものに、いつまでも負けているような、弱い存在じゃないはずだから!」

リリアの澄んだ声が、翠色の石の輝きと共に、まるで清らかな泉から湧き出る水のように、増幅された純粋な想念となって精霊樹の意識へと届けられる。それは、長きに渡り闇に閉ざされていた魂の奥深くに、静かに、しかし確実に差し込む一筋の慈愛の光のように、汚染された魂の奥底に今もなお微かに息づいている、本来の優しく偉大な心へと、そっと、だが力強く語りかける。

すると、あれほどまでに荒れ狂い、憎悪と破壊の衝動に染まっていた精霊樹の動きが、一瞬、確かに、そして明確に止まった。その幹に浮かぶ無数の苦悶の顔が、ほんのわずかではあるが、安らぎを覚えたかのように和らいだように見えた。まるで、リリアの魂の呼びかけに応えようとするかのように、その巨大な枝の一本が、微かに震えた。

しかし、それも本当に束の間、再び精霊樹の全身から強力な瘴気が抵抗するように噴き出し、その濁った瞳に宿りかけた微かな理性の光も、深い闇にかき消されてしまう。だが、先ほどまでの絶望的な状況とは、戦いの質が明らかに異なっていた。三人の揺るぎない絆と、それぞれが内に秘めた可能性を覚醒させた新たな力によって、強大無比と思われた敵の牙城の一角を、確かに、そして大きく崩したのだ。

「…まだだわ…まだ完全に、あの邪悪な呪縛から解放できたわけじゃない…でも…!」

ルナは荒い息をつきながらも、その表情には確かな手応えと、次への冷静な分析が始まっていた。

一郎も、セイクレッド・フィールドを維持する消耗を感じながらも、仲間たちの成長と、自分自身の新たな力に、確かな希望を見出していた。「ああ、まだ終わっちゃいない。俺たちの『仕事』は、まだこんなものじゃないはずだ!」

激しい戦いの中、三人の絆は、試練を乗り越えるたびに鍛え上げられる鋼のように、さらに強固なものとなり、諦めない心が奇跡のような新たな力を引き出すことを、彼らは今、身をもって、そして魂で実感していた。歪められた森の守護神を救い出し、この森に再び光を取り戻すための戦いは、まだ道半ば。しかし、その険しい道の先に、必ず輝く希望があると、彼らは強く、強く信じていた。


(第二十二話完)

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