#15「まちの仮面」

午後の陽ざしは柔らかく、風がアーケードの旗を揺らしていた。

町の商店街には、お祭りの後片づけが残っていて、

のれんを揺らす店先では、通りがかる人に「こんにちは」と声がかかる。


「このまえのおまつり、たのしかったねえ」


「ええ、あの浴衣の子、かわいかったわよ〜。

 ほら、あの子の妹さんね、斉藤さんちの……」


リナは、聞き慣れない日本語の連なりに耳を澄ませながら、アオとゆっくり歩いていた。


やさしい声。

あいさつの言葉。

笑いかけてくれる表情。


でも、その中に、ふと感じる“視線”。


一瞬、目が合って、それからすぐに逸らされる。


「……こんにちは」


リナが笑顔で言っても、微笑み返されるだけで、

そのあと続く言葉は、どこかでスッと切られる。


「ニホンの人、やさしいね」と、何度も思っていた。

でも今日のリナは、その“やさしさ”に、ほんの小さなざらつきを感じていた。


「アオ……ワタシ、きのうと、ちがう感じがする」


「どのように違いますか?」


「なんていうか……“まちの中にいる”のに、“なかにいない”感じ。

 人が、わたしを見てる。でも、“見ないように”してる。そんな気がする」


アオは記録を止め、リナの言葉をそのまま繰り返した。


「“まちの中にいるのに、なかにいない”——矛盾的表現。

 定義:空間的所属と心理的所属の乖離」


「たぶん、それ」


リナは、パン屋のガラスに映った自分を見た。

浴衣のときの笑顔。盆踊りでの拍手。

あのときの“歓迎”は、本当に“心から”だったんだろうか。


それとも——“イベントのなかの異文化”として、

一時的に許されただけの存在だったのか。


その夜、ユイの部屋で、リナはぽつりとつぶやいた。


「ユイ。……ねえ、この町、ワタシのこと、“歓迎”してる?」


ユイは、一瞬、返事に詰まった。


「……うん。してると思うよ。

 でも、リナが“よそから来た”ってことを、みんなが意識してるのも、たぶん、ほんと」


「それは、“よそもの”ってこと?」


「……うん、そうかも」


リナは俯いたまま、ふと笑った。


「ニホンは、“やさしい仮面”つけるの、じょうずだね」


ユイは、その言葉にぎくりとした。

図星を突かれたような、どこか痛い気持ち。


「……そうだね。

 “ほんとの気持ち”を言わなくてもいい文化、って言う人もいる」


「ワタシ、それ、すこしこわい。

 ことばの中に、“ほんとう”がないって思うと、……さみしい」


アオが、静かに言った。


「観察記録:町の人々は“無害なやさしさ”を装い、深い関係性の構築を避ける傾向が見られる。

 これは、日本文化における“和を乱さぬ距離感”として一般化されているが、

 受け取る側にとっては“壁”として作用する場合もある」


ユイは、アオのその冷静な分析が、どこか胸に刺さった。


「……でも、それが、いちばん難しいの。

 やさしいから、拒まれてるって思いたくなくなる。

 でも、本音に触れようとすると、“そこまでは踏みこまないで”って顔をされる」


リナが言った。


「じゃあ、ユイはどうする?」


ユイは、しばらく黙って、それから、言った。


「……わたしは、リナに仮面をつけたくない。

 本音、たまにヘタで、うまく言えないけど……でも、できるだけ、ちゃんと伝えたい」


リナは、すこし涙をためた目で笑った。


「それ、いちばん、うれしい」


その夜の空は、まるで墨をにじませたような雲に覆われていた。

でも、その下で交わされたことばは、うすく、でも確かに、心のなかに染みていた。


“仮面”を脱ぐのは、少し勇気がいる。

けれど、誰かの素顔に触れたとき——人は、たしかに近づけるのかもしれない。


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