第2話 捜査本部
重厚な扉が閉まり、淡い魔力照明が灯る会議室には、関東管区の各課の代表者が勢揃いしていた。今日の昼に起きた清南学園での誘拐事件を魔法省の上層部たちは重く見たのである。犯罪特務課長、魔導鑑識課長、禁制品対策室長など二十人程と、関東管区のトップである関東管区師団長までもが出席していた。
田中は生活安全課長と書かれた末席に腰を下ろした。
「それでは、会議を始めます」
しばらくすると会議室の電気が消され、重苦しい雰囲気の中、犯罪特務課長の柊将司のキリっとした声で会議が始まった。
「久我くん、よろしく」
「はい」
そう言って、柊に一礼して、犯罪特務課の分析官、久我玲於が前に出てくるのと同時に上からスクリーンが現れた。
スクリーン一面には魔法捜査記録と衛星魔力観測図が映し出され、その前で、犯罪特務課の幹部たちが厳しい表情で見ていた。
「転移魔法の痕跡は検知されています。しかし、座標は三重に撹乱され、追跡は困難です。座標の撹乱と転移魔法の同時使用は不可能であり、犯人は複数人であると考えられます」
久我は無表情に淡々と語った。
「今の捜査状況を報告しろ」
珍しく師団長が口に出し、会議室中が一層凍り付いた。
「はい。現在、犯罪特務課の第一、第五部隊が現場検証を行っています。また、先日までアメリカとの合同訓練を行っていた第0部隊が帰還予定で、帰国後すぐに捜査に合流する予定です」
少し沈黙が流れた。
「そうか、ごくろう。続けてくれ」
師団長の一言で空気が緩むことはなかったが、久我はそのまま説明を続けた。
「犯人側からの要求は現時点で確認されていません。現場に残された魔力残滓の一部に、高濃度の魔力があった痕が見られました。数値的にはA級に匹敵する高位魔術です」
―会場がざわめく。
A級に匹敵する魔法使いとなると、いかに犯罪特務課といっても第0部隊以外が武力衝突すれば味方に死人が出てもおかしくない。そう思い、田中は会議室の端で小さくうなずいた。
「それで、魔法の使用者は?」
続けて関東管区副師団長の坂東が質問する。
「その件は私が」
そう言って立ち上がったのは魔導鑑識課長の榊原である。
「今日の午後、現場から回収した魔力残滓の解析結果を報告します」
榊原重信は、手元の魔導端末を操作しながら続けた。無駄のない動作、老練な声色には揺らぎがない。
「魔力量、構成、共鳴反応の強度などから判断して、現場にいた魔法使いのうち少なくも二名程度は、極めて高度な教育を受けた魔術師である可能性が高い」
「なぜそう言える?」
副師団長・坂東が眉をひそめる。
「座標撹乱魔法と空間転移魔法の高度な併用が見られました。久我さんがおっしゃったように、この二つの魔法を一人の魔術師が行うことは理論上不可能です。また、これらは一つだけでも莫大な魔力を要する魔法です。三重に撹乱され、また、複数人を転移魔法で移動させたとなると、二人、いや三人は少なくともA級レベルに匹敵すると思われます。」
「そうか、それだけの手練れとなると第0部隊の帰国を待つべきか…」
坂東は腕を組んで机に置いてある資料を睨みつけながら言った。
「んー、内通者の可能性も視野に入れるべきだな」
田中がぼそりと小さく呟いた。しかし、確かに会議室中に響いたその言葉に、場の空気が一瞬で変わった。
室内に張り詰めた魔力が微かに震える。会議室全体を覆うような、誰かの息を飲む音が響く中――
「本件は、特務課の管轄において引き続き調査を進めます」
柊将司が一歩前へ出た。
「今回の件は総司令のご息女が関係しています。気を引き締めて、各自捜査を進めてください」
そういうと、「おう」という掛け声とともに会議が終わった。
会議が終わり、ひとり末席でタバコをふかしていた田中に柊が近づくと、
「田中課長、捜査本部内の団結を損なうような発言は慎んでいただきたい。それとここは禁煙です。これ以上余計なことをするならば会議の出席を認めることは次回からできません」
田中の耳元で去り際にそう言うと柊は会議室から出ていった。
「はいよ」
柊が出て行ってから田中は返事をし、またタバコを吸い始めた。
その日の深夜、関東管区本部で用事を済ました光と、会議が終わった田中課長が一緒に生活安全課のオフィスビルに戻ってきた。 時刻は午後十一時を過ぎていたが、古びたビルの三階にある生活安全課のフロアにはまだ灯りがついていた。
「お、戻りましたか」
ソファに座り、書類とにらめっこしながら声を上げたのは西園寺正太郎だった。
「どうでした、会議は」
「最悪」
田中がそう言って、コートを脱ぎながらデスクの椅子に崩れるように座った。
「そりゃ、そうですよね、なんてったって、被害者が総司令の娘だ、なんて」
そう言って正太郎は相槌をうつ。
「しかも、魔力痕はA級クラス。複数犯で、転移と座標撹乱を併用。…そんでもって、要求なし。これはいかに特務課がやるといっても難航するだろうな」
「ところで、光君はどこに行ってたの?」
「あー」
光は少し目をそらした。
「犯人と接触したのが僕だけだったから、それの取り調べを受けてたんだ。」
「――取り調べって、そんなもんか?」
正太郎が片眉を上げて光を見た。光は肩をすくめて、ソファに沈み込む。
「形式的なものだったよ。別に拘束されてたわけじゃないし。……ただ、いろんな課の奴らが代わる代わる質問してきて、ちょっと面倒だった」
「それより、これからの捜査の話だが…」
食い気味に田中が言う。
「捜査って、特務課の奴らが指揮して進めるんですよね。捜査許可なんか生活安全課にはおりませんよ」
「何言ってんだよ、新人。特務課の許可は必要ないだろ」
当たり前のように光が言う。
「なんだ、無許可で捜査するのは不満か?」
びっくりした顔で固まっている正太郎に田中が聞く。
「いや…、やります。やらせてください」
先月まで特務課にいた西園寺正太郎の血が騒いだ。
「その調子だ。新人」
偉そうに光が言う。
「夜明けと同時に動く。とりあえず、今日はもう一度、爆発があった時間帯の映像と記録を見直すぞ」
三人は各々の席に座り直し、静かに深夜の作業を始めた。
古びたビルの窓の外に、ぽつりと雨が降り始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます