第31話 vs魔将バザルガス!(前編)
洞窟の最奥は想像していたよりも遥かに広大な、自然にできたとは思えないドーム状の空間だった。
壁一面が巨大な生物の内臓のように生々しく脈打ち、その表面は溶岩で覆われている。
地面には深い亀裂が無数に走り、その裂け目からも煮えたぎる赤いマグマが覗き、ゴポゴポと不気味な音を立てていた。
空気は灼熱地獄そのものだ。呼吸をするだけで肺が焼けるような熱気と濃密な硫黄の臭いが立ち込め、ただ立っているだけで体力が急速に奪われていくのがわかる。
その広間の中央。
黒曜石を削り出したかのような禍々しい紋様がびっしりと刻まれた巨大な祭壇の上に、俺たちの探し求めていたカロリーネが磔にされていた。
黒く邪悪なオーラを纏った特殊な鎖が、彼女の四肢をまるで神への生贄のように祭壇に固定している。
気品に満ちていた彼女が纏っていた深い紫色の服は見る影もなく焼け焦げ、あちこちが破れ、そこから覗く白い肌には痛々しい火傷や無数の切り傷が刻まれ、生々しい血が滲んでいた。
月光のように美しかった銀髪は乱れて束になり、顔には煤がこびりついている。普段の氷のように凛とした彼女からは想像もできないほど、衰弱しきっているのは明らかだった。
それでも、その美しい紫の瞳は、まだ諦めない気高い意志の光が宿っており、傍らに立つ忌々しい存在を万死に値すると言わんばかりに、最後の力を振り絞って睨みつけていた。
その憎むべき存在とは……やはり、奴だった!
祭壇の傍らに悠然と立ち、その手に燃え盛る炎の鞭を弄んでいるのは、紛れもなく先日裏庭で俺たちを恐怖のどん底に叩き込んだあの強敵! 灼炎の魔将バザルガス!
その爬虫類じみた顔には、捕らえた獲物を嬲るかのような、歪んだ嗜虐的な笑みが浮かんでいる。
『ほう……忌々しい人間のネズミどもが、よくぞこの我が領域、魔炎の谷の最奥まで嗅ぎつけてきたものだな。感心はしてやる。だが、その無礼は死をもって償わせてくれるわ』
「魔将……バザルガス!」
俺は抑えきれない怒りに声を震わせながら、奴の名前を叫んだ。
「カロリーネ様!」
仲間たちも囚われたカロリーネの痛々しい姿を目にして息を呑む。リリアナは小さく悲鳴を上げた。
『ふむ。その女の名か。ほう、存外良い響きではないか。今一度その名を呼ぶがいい。お前たちの目の前で、この気高き氷の娘の魂と、その稀有な力は我が主、偉大なる魔王様復活のための尊き礎となり、そしてその美しい抜け殻は、我への良き『晩餐』となるのだからな。ハッハッハ! 光栄に思うがいい、娘よ! そして貴様らもな!』
バザルガスは下卑た声で高らかに笑い、俺たちに絶望的な宣告を叩きつける。
「……黙れ……! 汚らわしい、下等な魔族め……!」
カロリーネが途切れそうな、それでも氷のように鋭い意志の籠もった声で言い返す。
「わたくしは……死んでも、貴様らのようなおぞましい存在の思い通りにはなりませんわ……! アレクシス殿下は……必ず、わたくしを……信じています……必ず救い出してくださると……!」
「カロリーネ! よく言った! 俺を信じて待ってろ!」
俺は彼女の名前を叫んだ。もはや恐怖も計算も頭の片隅にもない。
ただ、目の前のボロボロになっても気高さを失わない彼女を助けたい一心で、一直線にバザルガスに向かって突進していた!
「殿下⁉」
カロリーネが、俺の無謀とも思える決死の突撃に驚きの声を上げる!
その瞳に諦めかけていた希望の光が、再び強く、眩しく灯るのが見えた!
「行くぞ、お前ら! カロリーネを助け出すぞ!」
俺の後に続き、仲間たちも一斉に覚悟を決めて魔将バザルガスへと襲いかかる!
「小賢しい! まずは威勢のいい貴様からだ、王子!」
バザルガスが燃え盛る炎の鞭を俺に向かって薙ぎ払う!
今まで味わったことのない、灼熱の波と凄まじい衝撃が俺の身体を焼き尽くさんと襲いかかる!
「させません! 『
リリアナが咄嗟に聖なる光の巨大な壁を展開!
炎の鞭は分厚い光の壁に激突し、バチバチと激しく火花と蒸気を上げる!
壁には亀裂が入るが、それでも完全な破壊には至らない!
「ルシアン! リリアナ! 壁を維持してくれ! なんとか耐えろ! ガレス! マリエッタ! カイル! 奴の注意を引きつけるんだ! ヴィンスは弱点を探せ! 何かあるはずだ!」
俺は指示を飛ばしながら、リリアナが作ってくれた壁の隙間を抜け、祭壇へと駆け上がる!
仲間たちが、それぞれの持ち場で死力を尽くしてバザルガスに立ち向かう。
ガレスの剛剣が炎を力任せに切り裂き、マリエッタの疾風の剣が炎を掻き乱し、カイルが盾で必死に攻撃を受け流し、ヴィンスが冷静に敵の動き、魔力の流れとわずかな隙を分析する!
リリアナは聖光の壁を必死に維持し、ルシアンは風魔法でそれを補強しながら、絶え間なく仲間たちに癒しの光を送る!
戦場は熾烈を極めていた。
俺はカロリーネを縛る忌々しい鎖へと駆け寄り、腰の短剣を力任せに振り上げる!
「カロリーネ! 今、助ける!」
ガキン! バギン! キィン!
だが、やはり鎖は異常なまでに硬い!
この洞窟の邪悪なエネルギーを吸収して強化されているのか、俺の全力の攻撃では表面に浅い傷を付けるのがやっとだ!
「無駄なあがきを! その鎖は我が主の呪詛が幾重にも込められた特別製だ! 貴様ごときの人間の貧弱な力で、破壊できるものか!」
バザルガスが嘲笑し、仲間たちの猛攻を巧みにいなしながら、隙を見て巨大な炎の弾丸を俺に向かって放つ!
「アレクシス様!」
カイルが俺の前に身を挺して飛び出し、盾で受け止めようとする!
だが炎弾の威力は凄まじく、盾は一瞬で高熱に融解しながら砕け散った!
カイルは全身に火傷を負いながら、壁際まで吹き飛ばされた!
「ぐあああああっ!」
「カイル!」
「てめえ! よくもカイルを!」
マリエッタが怒りに燃え、普段の猫かぶりを完全に忘れて風の力を極限まで高めた神速の連続突きを、バザルガスの脇腹に容赦なく叩き込む!
さすがの魔将も防御しきれず、一瞬、苦悶の表情を浮かべ体勢を崩した!
(くそっ! カイルまでやられた! 時間がない! このままじゃ全員消耗してやられる! なんとかしてこの鎖を……! そうだ、リリアナの聖光なら……!)
「リリアナ! 鎖に聖光を集中させろ! その呪いを浄化できるはずだ!」
俺は最後の望みを託して叫ぶ!
「は、はいっ!」
リリアナが力強く頷き、その小さな身体からありったけの聖なる光を、鎖の一点に集中させる!
白く眩い光が禍々しい鎖を包み込み、バチバチと激しい音を立てて表面の黒いオーラが浄化される!
鎖の表面に、わずかだが確かな亀裂が入り始めた!
「よし! あと少しだ! もう少しだ、カロリーネ!」
俺は諦めなかった。決して諦めるものか。
短剣にありったけの体重と、カロリーネを助けたいという俺の中にある最も強い想いを込めて、リリアナが聖光を当て続けている亀裂の入った一点を、何度も、何度も、渾身の力で叩きつけた!
ガキン! バキン! ガリッ! メキメキッ!
「頼む! 壊れろ! 壊れてくれええええええええ!」
俺の魂からの叫びが、灼熱の洞窟に響き渡る!
「邪魔をするなあ! ネズミどもが!」
バザルガスがマリエッタたちの猛攻を強引に振り払い、俺に狙いを定めて最大級の威力を持った炎の鞭を、今度こそ確実に俺を仕留めんと叩きつけようとした!
(やべえ! 今度こそ、避けられない! でも、カロリーネの前から退くわけには……!)
俺は死を覚悟し、もはやこれまでかと固く目を閉じた。
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