第46話 裂けゆく時の河
春まだ浅い京の町に、風が吹いていた。
それはただの季節の風ではない。
時代という大河の上を渡る、裂け目のような風――。
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幕府の中枢では、改革か存続か、あるいは自壊かという議論が続いていた。
徳川家康が見据えるのは、幕府の延命ではない。
彼が志しているのは、幕府を超えた“国家”という概念であった。
「武家政治は、終わるべしやも知れぬな……」
老中のひとりが、膝を抱えるように呟いた。
家康はその言葉を黙って受け止めた。
そして一言、「終わるのであれば、新しきを作らねばなるまい」と応えた。
一方、薩摩と長州――。
西郷吉之助と木戸孝允は、倒幕の準備を進めていた。
特に長州は、過激な志士たちを多数抱え、血を流すことに躊躇を見せなくなっていた。
「徳川を倒すことでしか、新しい世は来ぬ」
それは、まるで呪文のように彼らの間を巡っていた。
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そうした中、龍馬は京の町を歩いていた。
町人の間では、「坂本龍馬は死んだはずではなかったか?」という声が広がりつつあった。
それもそのはず、彼は確かにいちど“死んで”いる。
だが、彼は今ここに生きていた。
“未来”を見た男として。
その未来――
明治の成立、西郷の死、軍靴の響き、世界大戦、空襲、原爆、敗戦……
そして再生。
だが、その再生までの道のりは、あまりにも血にまみれ、悲しみに満ちていた。
「このままでええんか……?」
龍馬は、京の高台寺近くの塀に背を預けながら、ひとりごちた。
歴史の大河が、彼の手の中で変形している。
それは彼が望んだ“介入”でありながら、同時に“歪み”の萌芽でもあった。
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勝海舟は、その歪みに気づいていた。
「おまえさんの言う“第三の道”は、まことに見事だ。
けれど、歴史というもんはな、元来“分かれ道”しか持ってねえんだよ」
勝はそう言いながら、龍馬に煙草を勧めた。
火をつける手が、どこか震えていた。
「坂本よ、もう一度、自分が何者か、問い直してみるこった。
このままじゃ、おまえさんがこの時代におるだけで、時の河が裂ける」
龍馬は笑わなかった。
ただ、静かに目を閉じた。
「わしは、何を守りたかったんやろな……」
未来の知識が、この時代を狂わせる。
薩摩と長州の過激化。
家康の決断の早さ。
そして、坂本龍馬という“本来いなかった男”の存在が――。
歴史はもはや、彼が知る歴史ではなくなっていた。
**
その夜。
龍馬の夢の中に、あの“裂け目”が現れた。
まるで空間がひずみ、時の綾が縫い目を失ったかのような、あの異様な感覚。
あのときと同じだった。
令和元年へと“引き戻された”ときの――あの風。
だが、今回は違う。
風の向きが“逆”だった。
「時が……また、わしを呼んどる……?」
龍馬は目を覚ました。
襖の隙間から差す月光が、彼の瞳に宿る“異邦人の光”を照らしていた。
時は、再び彼を試そうとしていた。
未来を知る者の宿命として。
**
「裂けゆく時の河」を前にして、龍馬は“第三の道”を選び取ることができるのか。
あるいは、もう一度――“時を渡る”のか。
歴史は、いま、再び軋み始めていた。
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