第26話 奪いきれない


「待てっ!!」


 走ってかなりの時間が経過した頃、ボクはやっとあの二人の魔族に追いつくことができた。人間の姿だが青髪の方は肩に傷があり、赤髪の方は顔が少し腫れている。間違いないこいつらだ。


「ちっ……こんなところで……でも、君一人?」


 青髪の姉の方が間を置いて誰も来ないことを確認して表情を和らげる。


「かもね」


「やるよベーラ……こいつをここで殺せばもう本当に終わりだ」


「殺……すの?」


 姉の方は魔族の姿に変身するが妹の方は迷いがあるのか、ボクに一度負けていることで臆したのか中々変身しようとしない。


「やるんだよ!! やらなきゃ下手したら仲間を呼ばれてアタシ達が死ぬ!! 待っている母さんのためにもやるんだよ!!」


「……うん。分かったよ」


 激励を受け妹の方も瞳に殺意を宿らせ額から角を生やし武器を取り出す。すかさずボクも追加で蜘蛛の魔物肉を更に咀嚼し飲み込む。

 

「はぁ……はぁ……来い。殺してやる……!!」


 連続で多重にスキルを使用したせいか、ボクは今まで以上に興奮状態になっており殺意を向けられ自然と口角が上がる。


「人間が一人で何ができる!!」


 姉の方が全速力で、一直線に槍で突いてくる。疾風の如き速さだが今のボクなら目で追える。それを跳んで躱し武器を斧へと変化させて奴の頭を割ろうとする。


「姉さん!!」


 しかしタイミング良く妹の方が炎の爪をボクの斧を持った腕へ突き刺そうとする。仕方ないのでボクは槍を蹴り後ろへ跳び下がるがただでは終わらない。槍は地面に深くめり込み抜くのに一瞬時間がかかる。ボクはその隙すら与えずに武器を捨てて糸を両手から出し、奴の両手足や首に素早く巻きつける。


「勝った……!!」


 ボクは今度ば邪魔されないよう空中に飛び上がりぐんぐん高度を上げていく。


「姉さん!!」


 取り残された妹はもう何もできず、炎の塊をいくつも飛ばすがもはやこちらに届く距離ではない。


「やめろ……離せ!!」


 奴は魔法を使おうにも両手足縛られている上高速移動していることもあり照準をこちらに合わせられない。それでも死への恐怖が体を動かしてなんとかボクへ反撃の一撃を繰り出そうとする。


「はぁっ!!」


 ボクは全身全霊の力を込めて奴を手繰り寄せ肩を蹴り抜く。リリィに撃たれた肩を。

 

「うぐっ……!!」


 骨が折れる鈍い音がする。きっと内出血もしただろう。奴の顔がどんどん青白くなっていく。それでもボクは何度も何度も同じ箇所を蹴りつける。魔族なだけあって体は頑丈で痛みで意識を失わない。これも予想通りだ。抵抗できなくなればそれでいい。


「落ちろぉぉぉ!!」


 ボクはおもいっき地面へ奴を放り投げる。あの初速にこの高度。いくら魔族とはいえぺしゃんこになり無惨な死を遂げるだろう。奴にはお似合いだ。


「ダメ……姉さん!!」


 妹の方がなんとか受け止めようと、己の身を犠牲にしようとする。しかし両手を広げ隙だらけのその体に急降下し速度をつけたボクの足がめり込む。


「ガハッ……!! そん……な……」


 奴は吹き飛ばされつつも手を伸ばす。地面にぶつかる直前の姉に向かって。目から大粒の涙を溢しながら。

 



 グチャリ。 

 

 鈍く不快な音がこの場を包み込む。念の為ボクは振り返り奴の死体を確認する。両手足があらぬ方向に折れ曲がり、顔は原型を留めていない。即死だ。決して治ることはない。


「ゴボッ……あ……そんな……姉さ……」


 残された方は血を吐きながらも亡骸に手を伸ばす。

 

「嫌……来ないで……助けて……」


 ボクが武器を拾い近寄ると震えた声で助けを乞う。


「あんなことしといて助けて……? ふざけるな……!!」


 もちろんそんなもの聞いてやる義理などない。ボクは斧を振り上げて容赦なく奴の頭に振り下ろす。しかしボクの手は奴の命を狩り取る直前で止まってしまう。


「なんで……どうしてお前らがそんな目するんだよ……!!」


 またあの目だ。助けを求める、可哀想な目。ボクが逃したあの兎のような目。二つの球体がこちらに訴えかけてきてボクの体は硬直してしまう。


「助けて……」


「ふざけるな……あれだけ殺しておいて……ルディとパティの羽を奪って……それで助けて!? そんなの通るわけないだろ!!」


 普通の人ならそんなもの知るかと殺すだろう。だがボクはそれができない。手が動かない。哀れな目の前の存在を消し去ることができない。


「くそ……くそぉ……何でだよぉ……!!」


 手をどれだけ動かそうとしても一ミリも下へ動かない。それどころか武器を離してしまい刃が消滅し円柱部分が地面に落ちる。


「え……?」


 希望と疑問と恐怖。様々な感情が渦巻いた表情を向けてくる。ボクはそれに対しある一つの答えを出す。


「うわぁぁぁぁぁ!!!」


 手に炎を宿しそれを奴に向かって全力で浴びせるのだった。

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