“夢幻の回生”との邂逅 Ⅳ
自分のイメージした映画館は上映前に、色々なコマーシャルが流れる。その情報はというと――
『あなたを待っているアイドルの総数は――およそ1000人!?必ずあなたの推しが見つかるゲーム、ミリオンアイドル!ミリドルで検索!』
「…めちゃくちゃ最近のソシャゲの広告しか流れなくない?スポンサー偏りすぎだよ、これ」
「最近わたしのやってたソシャゲ全部載せですね、ちゃんと放映するものの主導権は今からそちらにお渡しするので…」
その言葉を発したすぐ後に、スクリーンの画面がふっと切り替わる。始まったらしい。
映ったのは――字幕もなく、再現映像のようなものでもない。誰かが撮った、ホームビデオのような映像だった。
灰色の髪の赤ん坊…おそらくオネイロスがおよそ中学生程度くらいのヒュプノスにあやされている。オネイロスもまた、天界で彼と一緒にいたらしかった。
「死神さん、いないんだ」
「あの人はほんとにね、ヒュプノスからも少ししか情報が聞けなかった。ちっちゃい頃から仕事めちゃくちゃ頑張ってるって聞いてたよ」
少年くらいのヒュプノスが何かを作っている。羊のぬいぐるみ、だろうか。それを目を輝かせて抱く灰色の髪のこども――オネイロス。
「かわいいものが好きなんですね、いいな」
「…そうだったみたいだね。なんか、記憶喪失になったら記憶があったときと全然違うものを好きになるものだと思ってたけどそうでもないんだな。今もかわいいものは好きだし」
指先に灯りを灯して線を描く小学生低学年くらいのオネイロス。その線が少しずつ形を成して、小さなピンク色の象になる。
「…これは、夢の中のことですかね」
「そうかも。おれってさ、夢の中だと無敵なんだ。だから今も寝てるまんまで現実に帰ってきてないの…昔はこうやって自分の中のイメージを眷属として出力してた、のかなぁ。」
朝くらいの時間帯、青年くらいのヒュプノスが眠るオネイロスの頬をつついている。オネイロスが飛び起きる。これから一緒に出かけるらしい。
「なんか、思い出すものがありますね。わたしも親にこうやって早くに起こされて外に出ることがありましたよ」
「これ、この時のおれは嬉しいだろうな。こんなに構ってくれてやさしい兄弟が一緒に出かけてくれるんだもん」
――そこで、一瞬映像に酷いノイズが走った。
「!」
びく、と2人で身を縮こめて、互いの手を握り直す。見た?というように、視線で訴えるわたし。
…オネイロスは少し不安気な表情で頷いた。
少し思い出すことがあり片手に持っていたヒュプノスの眷属をちらりと見ると、首元のベルがぼんやり光っていた。それだけで、たぶん彼らは見守っているのだろうという気持ちになる。
「…オネイロスさん。増援、呼んじゃってもいいですか。ご丁寧にも刺激の強いシーンに入る前にヤバいのが来そうってわかったので」
「ぞ、増援。それは、あの人たちが来るってことだよね……。えっ、何する気なのシオン。」
「――この映画館は応援上映会場になります、たった今から。」
ごく小さな裂け目が出来てそれが拡がり、そこからずるりと長身の男性2名が姿を現す。
「オネイロス〜!!!今日もかわいいね〜…って、手ぇ繋いでんじゃん!!!何!?!!うちのかわいい弟を籠絡したら殺すからな、ガキ」
「…こんな所で大声を出すのはやめろ、オネイロスが怖がったらどうする、…あ。………久しぶりだな、どの面下げてと思うだろうが…会いたかった。」
「………にいちゃん。…おれ、おれ…。」
ほろほろと涙を流すオネイロス。わたしはそれを敢えて遮って――
「……この映画最大の恐怖シーンが始まるまで時間がないので、これから始まる応援上映について、ささっと説明します」
わたしはまた、自分のイメージの中から想像したパワーポイントみたいなプレゼンの画面を持ってくる。
最初こそ驚いた顔をしていた3人が、真剣な顔でこちらの言う言葉に耳を傾けている。
「とりあえず、画面の中のオネイロスさんがピンチになったらめちゃくちゃデカい声で叫んでください。わたしもクールキャラの外面をすべて捨てて叫びます。叫ぶワードは…頑張れ、負けるな、とかが一番わかりやすいかもです。」
「あと、ここは都合のいい夢の中なのでなんでも出せるし加勢もできるし全然バドエンもハピエンに変えられるんですよ、だから」
ここで一発、やってしまいましょう。
その言葉に、少し遅れて3人が頷いた。
映像が戻ってくる。あの後ヒュプノスと外に出たオネイロスが、リスを追いかけて森の中へ入り込み、そのリスは毒々しいほど黄色い魚に姿を変え、川の中へ跳ねて帰っていく。
そこでオネイロスも可笑しさに気づいたのだろう。はっと顔を上げた彼の前には――
鮮やかなターコイズブルーのロングヘアに四芒星のような光が差しているのが特徴的なマゼンタ色の瞳をした、小さな幼女が立っていた。
よく見るとその幼女の頬には黄色い鱗があった。まるで、先ほどの魚を大きくしたようなそれだ。
これが、この人物が。
「
彼女の話し声は、聞こえない。でも、画面に映るオネイロスの表情が彼女といる時間が長くなればなるほど少しずつ翳っていく。
そして、幼いオネイロスの頬に彼女の白魚のような指が触れそうになったその瞬間――
「……私の大事な弟に手を出すな!!!!!!」
タナトスが叫んだ、のと同時に画面の中のレーテーががくり、と膝をつく。一瞬のことだった。
何がダメージを与えるに至ったのだろうと見てみると――彼女の長い髪が少し切られていた。
「魂と肉体を切り離す鋏…、ここでは効くのか」
「えッ、そんなのアリなの!?このアマを一方的にボコボコにできるってことじゃん!サイコ〜!」
わいわいと燥ぐヒュプノスに、自分のしたことに実感のなさそうなタナトス。わたしは――
「オネイロスさん、頑張れーッ!!!!!」
私の叫びに合わせて画面の中のオネイロスが、何!?という表情できょろきょろと辺りを見回す。…でも、息の続く限り応援の言葉を言い続けていると、画面の中のオネイロスも光の灯る指先を動かして――
ぞろぞろ、わちゃわちゃ、ぴーぴー。
意識がなくなったレーテーを押し流すようにオネイロスの眷属が大量に現れる。
「…これ、おれの眷属だ。こんなに出るの…?」
「今のオネイロスさんは実質魔法少女ですよ、みんなの祈りでパワーアップするんです。さあ、いきますよ…!」
そこからはもう、全員で叫んだ。
「負けるな〜ッ!!!!!勝ったら好きなメシなんでも作ってあげる〜!!打ち上げ打ち上げ!」
「走れ、走れ走れ走れ!!!!!このままヒュプノスの元へ安全に帰れ!!!!」
「オネイロスさんはちゃんと記憶も取り戻すしお兄さんと相思相愛だしパーフェクト神様なんですよ!!!!!いけいけいけいけ!!!」
「みんな……」
ぐす、と鼻を啜る音の後に、オネイロスが叫ぶ。
「おれは、負けない……!!!!!こんなににいちゃんやシオンの気持ちを背負ってここまできたんだ、記憶だってちゃんと持ち帰る!!!!!おれは――もう後ろなんて向かない!!!!」
それから、どれくらい経っただろうか。
――とっくに暗くなったスクリーンの画面から、少年のものらしい小さな白い手が出てくる。
あ、と声を発してオネイロスがその手を握り、画面からそれを引きずり出す。…先程まで画面の中にいた小さなオネイロスだった。
叫びすぎて声も出せないままそれを全員で見守っていると、小さなオネイロスがにこ、と笑って言葉を発する。
「…ありがとね、にぃに、ねぇね、ぼく。」
わたしの創り出した映画館は、役目を終えたと言わんばかりにふわりと瓦解して消えていった。
まだ夢の世界に4人で残り、そこで話している。
「ねぇねって呼ばれるの、めちゃくちゃ疲れた喉に効きました。もしかしてオネイロスさんって水の擬人化か何かですか?」
「やめてマジでやめて、これは普通に恥ずかしくて思い出したくなかった。そうだよ…にいちゃんたちのこと、そう呼んでたわ…」
「懐かしい〜!ヒュプノスにぃにって呼んでくれてたよね、タナトスはこれ聞けなかったんだぜ、やーい」
「…初めてお前たちが幼かった時に居なかったことを後悔したかもしれない。そうか…」
「やめてタナトスにいちゃん、ほんとやめて」
その会話が途切れた頃、これからどうするかをオネイロスに聞くと彼は思わぬ返答を返してきた。
「…そうだね、おれもレーテーをどうにかするのには協力しなきゃって思う。いや、したいよ。こんなににいちゃんやシオンが頑張ろうとしてるのにおれだけ動かないなんて、それは嫌だ」
その言葉を聞いて、まだオネイロスの身が心配で言葉を投げかける。
「…まだ怖くないですか、大丈夫ですか」
「怖くない……って言えば、嘘になるけどさ。でも、おれの大切な人たちがいる世界をちょっとでも守りたいんだ。おれは長らく空っぽだったけど、やっとやりたいことができたよ」
「オネイロス〜…立派になったねえ……」
「抱きついてこないでヒュプノスにいちゃん、恥ずい」
少し気恥ずかしくて居心地が悪いのだろうというタナトスの咳払いで意識がそちらに向く。
「…とりあえず、オネイロスも交えてこれからの作戦をまた練ろう。リハビリ役には私がいるが、そっちの小娘にも頼るように」
こくん、と頷くオネイロス。その後にすぐわたしのほうを向いて話し出す。
「わかった。ねえ、シオン…」
「なんですか、オネイロスさん」
その呼び方にむ、と少し眉を寄せるオネイロス。それに少し既視感を覚えて、一か八かで渾名を呼ぶ。
「夢境さん、がいいですか。ひとりだけお名前ですもんね」
「…!うん、うん…!シオンは、にいちゃんとかあさんとうさんの次におれのこと、分かってくれてる。」
オネイロスからシオンだいすき、とへにゃりとした笑みを向けられて、わたしは目を伏せて――
「罪な女かもしれません、わたし」
「籠絡判定入りま〜す♡いや、でも…割とちゃんと仲が良いみたいから見逃してやってもいいよ、でもオネイロス泣かせたら滅多刺しにするから」
「死〜〜〜〜〜〜〜…」
こうして、御影堂邸にもうひとり神格が増えた。
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