ゴミ捨て場の宝物

 鉄の匂いが、好きだ。


 錆びたネジと焼けた樹脂と、誰にも見向きされなくなった残骸の香り。


 父は町工場で働く人で、世界が崩壊する前は、アビリティ・ギアの開発者として、みんなから求められていた。

 

 だけど、世界は崩壊した。


 すべてを巻き込んで、容赦なく。


 ここは、異能都市第八区にある、《廃棄物収容区》通称【ゴミの墓場】。


 日本という国は一度滅んで政府は崩壊した。


 有力な異能力者たちが新たな秩序を持ち、それぞれの地域に分かれ管轄するようになった。


 政府管轄地からは外れたエリアの影にひっそり捨てられる廃棄物たち。整備士たちの失敗作が積み上がる墓標群。


 異能用に開発されたデバイスやパワースーツの旧型部品。


 ヴィランとして、活動するためには地道な作業が必要になる。


 僕はその作業を楽しいと思っているし、必要なことだと理解している。


 何よりも……瓦礫の中に、顔を突っ込んでいると、鉄の香りがして心を落ち着かせてくれる。


「……あった。やっぱり捨てられてる……まだ生きてるよな……」


 手に取ったのは、E12型ギアの中核部分。


 型落ちもいいところだが、構造の歪み方がいい。暴発寸前のような、ギリギリの熱。改良次第で使える素材だ。


「よう、またゴミ拾いか? 三流メカオタ」

「マジで汚ねぇ奴だぜ」

「お前みたいな無能者は、生きる価値なしだっていい加減に気づけよ」


 乱暴な口調で数名のメカニックたちが、廃棄ゴミを投げつけてきた。


 彼らは、現在の支配者に媚を売る、一般市民。


 つまり、モブだ。


「あっ、すっ、すみません」 


 そんなモブたち、僕は気弱な態度を取る。


「ははは、何がすみませんだ。メカニックとしての腕は三流。政府公認の資格も取れねぇ奴がゴミ漁りばかりかよ」 

「本当にそれな?! なんのために生きてるんだ?」

「異能もない。仕事もできない。ゴミの整理がお似合いか?」


 バカにするような笑い声。だけど、僕にとってはどうでもいい。


「あ、い、いえ……これは、試験用の検体で……動作データがまだ……」

「誰も聞いてねぇよ」

「ったく、お前みたいな三級ライセンス持ちが、技術者ヅラしてんじゃねぇよ」

「世の中、もっと最新でスペックが上がってるのも知らないのかよ」


 どうやら彼らには、ここにある宝の山が理解できないようだ。


 僕は黙って、部品を布に包み、工具袋に収めた。


「ど、どうもすみません……あの、これ、持って帰っても……」

「好きにしろよ、んなゴミ。誰も使わねーよ」

「ゴミ漁りご苦労さん」


 ゴミねぇ。まだ使えるのに。


 最新機より、ずっとカッコいいものになるのにな。


「ありがとうございます!」

「はいはい。三流メカオタはさっさとどっかに行けよ。目障りだ!」

「はっ、はい!」


 目的の物は見つけられた。


 急いでその場を離れる。 



 夕暮れの空の下。人混みを避けて、無人の路地を進む。


 政府が管理する地域を抜けて、敗北者たちが集まる、無法地帯エリア。


 この廃れた住宅街の裏側に、町工場だった家がある。


 錆びた鉄板を打ちつけた壁。表のドアには鍵もない。電源も自前。


 けれど、ここは世界で一番、俺らしくいられる場所だ。


「……ただいま、フィア」


 ガラン、と鈴が鳴った瞬間、反応があった。


 足音。規則的なサーボ音。電子音声のようで、どこか人間に似た響き。


「お帰りなさいませ、マスター。検温、正常。精神波、安定。今日もお元気そうで何よりです。ご飯は再加熱済みです」


 青い髪、薄い青の瞳、整った顔立ちの美少女。


 だが、彼女は人間じゃない。


 僕が拾って、繋ぎ直して、再構成した支援型アンドロイドのフィアだ。


 見た目は普通の人間と変わらない。だけど、心はAIであり、心臓は機械で出来ている。


「ありがとな。あー……その、今日はちょっといい拾い物があったんだよ」


 工具袋から本日の収穫を取り出した。中からE12型のエネルギーコアを見せる。


「見てくれよ、これ。コアの形状が通常じゃない。暴走寸前で捨てられてたんだけど、残留熱がまだ生きてる。なによりこの歪みが最高なんだよ……! これは、演出に使える。大爆発一歩手前の光り方。観客は息を呑むね」


 これを使って登場演出すれば、最高に目立てるはずだ。


「確認しました。演出効果:A評価。マスターの目立ちたい悪の美学には、非常に良質な素材です」

「フィアはわかってるね」 

「はい。フィアはマスターの唯一の理解者ですから」


 その声にどこかほんの少しだけ感情めいた揺れが混じって聞こえた。


 人工知能チップを埋め込んでいるから、フィアは毎日成長している。普通の人みたいな異能は持っていないが、僕の活躍を支援してくれる最高の能力を持っている。


「ネットはどうなってる?」

「今日の報道です。仮面のヴィランとして、十二支家令嬢を救った存在に注目が集まっています。ですが、同時にリベレーターが事件を成功させた報道も流れていました」


 ニュースは、ネガティブな事件を大きく取り上げる。


 こればかり世の中の注目度があるから、なかなかに難しい。


「……」

「SNSトレンドランキングでは、上位三位以内、シン・クロノスは正義か悪か? というハッシュタグが活発です」

「ふふふ……馬鹿だな。あんなにしっかりヴィランって名乗ってやったのに」


 顔がニヤけてしまう。


 普段の僕は、他のメカニックたちにバカにされる三流メカニックとして、生計を立てている。


 世の中では、日陰者として生きながら、事件が起きる時には最高に目立つタイミングでヴィランとして登場する。


 そのギャップこそが最高に脳を破壊する。


 自分の目的のために全てをかけている。


 あの日決めた悪の美学を貫くため。


 己の欲望を満たすためにヴィランをしている。


 誰よりも強く、誰よりもかっこよく、悪として、世界に名前を刻みたい。


「なあ、フィア」

「はい」

「……この世界、もう随分とゆがんでるよね?」

「はい。ヒーローとヴィランの戦争は、ヒーローの勝利で十年前に終わったはずですが、表面的に見える平和とは程遠いように思います」


 旧日本人が作った政府は、リベレーターとヴィランと呼ばれた悪人たちが破壊した。


 そして、新たに異能力によって人々を導いた十二人のヒーローたちが、新たな政府を立ち上げた。


 それぞれのエリアに分かれ、管理するようになった。


 かつての政府機関であった警察は、ヒーロー協会と呼ばれる管理組織に統合され、そこに所属する実動部隊はガーディアンと呼ばれるようになった。


 十二支家が築いた政府。

 ヒーロー協会の権威。

 崩壊した都市。

 放棄されたエリア外地区。


 力を持つ者が上に立って支配する世の中。


 平和に見えて、どこかいびつな光景が広がっている。


「だから僕は、ヴィランって名乗るのさ。自由の象徴として」 


 悪の仮面。それは、縛られない者の証。


 悪の美学は、ヴィランとしての己の信念。


 目立てるなら人を助け、倒したい敵を倒して、壊したい時に壊す。誰にも縛られず、誰にも従わない。

 

 そして、何より誰よりも、目立つ。


「次の注目ポイントを予測しました。十二区管轄エリアにて、小規模な騒乱の兆候があります」

「よし。じゃあ、準備しようか。今日も最悪なヴィランとして、最高に目立つ活躍の登場を決めてやるよ」

「……マスターは、今日も格好いいですね。というべきですか?」

「ああ、最高に目立ってくるよ」


 僕は、この歪な世界で、僕が思うがままに生きることを決めたんだ。

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