第45話 消えない鎖
――理解できなかった。
彼から伝わる、身を焼くほどの狂気が。父の無関心な態度が彼によって引き起こされたものだということが。彼の語る全てが理解できなかったのだ。
「嘘でしょう……? な、んで……、そんなことを……? そんなの……、ただの八つ当たりではありませんか……!」
絞り出した純蓮の言葉に、敬吾はただ冷めた視線を向ける。
「……あなたからすれば、きっとそうなるんでしょうね。ですが……、なぁ依月。お前になら分かるだろう?」
そう、自嘲気味な笑みを浮かべて、彼は階下の息子へ呼びかける。父からの唐突な呼びかけに、依月は戸惑っているようだった。
「わた、しは……」
依月が返答に詰まったのを見てとると、敬吾は更に言葉を続ける。
「いいや、お前にならわかるはずだよ。自分だけが世界に認めていられないと感じる疎外感を。愛する人を失ったときの絶望を。お前なら……、わかるだろう?」
その表情は一見穏やかに見えるのに、なぜか息をつかせないほどの迫力があった。そして彼は、こう告げたのだ。
「……お前は、私によく似ているからな」
「――っ、ふざけないでくださいませ!」
反射的に声をあげた瞬間、周囲の視線が自身へと集まったのを、純蓮は肌で感じる。しかし、そんなことどうでもよかった。
「影吉は……、依月くんは……。あなたなんかとは全く違います! 依月くんは……、あなたのように自分の欲のために他人を傷つけたりなんてしない! ……だから、わたくしの依月くんを馬鹿にしないでくださいませっ!」
そう一息に言い切って、純蓮は肩で息をする。そんな純蓮の姿を、忌々しげに敬吾は見下ろした。
「……あぁ、本当に。……あなたがあのまま、意思を持たないお人形でさえいてくれれば、このように強硬な手段は取らなくて済んだのですけどね」
そんな言葉とともに、敬吾が純蓮に向かい一歩を踏み出したとき、階下から声が響いた。
「……待ってください、父さん」
その冷淡ささえ感じさせる声は、紛うことなき依月のものだ。彼は踊り場の二人を見据え、口を開いた。
「父さんの目的は、奥様が亡くなったことへの復讐なのでしょう? そのためには、絶望を味わわせるべきだと」
「あぁ……、そうだな」
突然の依月の言葉に、敬吾はその真意を図りかねているようだった。そして、それは純蓮も同様だ。
「……それならば、あなたに殺されるよりも、信頼していた私に殺された方がきっとお嬢様は絶望すると思いませんか?」
「……お前が、お嬢様を? ……ありえないな。なにを企んでいる?」
「……何も企んでなんていませんよ。あなただって先程言っていたでしょう? 私はあなたとよく似ている、と。お嬢様が自分以外の人間の手にかけられるくらいならば、私がこの手で終わらせたいと思った。それだけです」
そこでひとつ息を吐くと、彼は純蓮に視線を向けた。
「……お嬢様はいつも私のことを
彼の言葉は、純蓮への害意に満ちている。それなのに。彼の瞳は、真っ直ぐに純蓮を捉えていた。
『この晩餐がどのようになろうとも、私は絶対にあなたの味方であると誓います』
そう告げた、依月の顔を思い出す。あの言葉は、絶対に嘘じゃなかった。とすればこれは――時間稼ぎだ。
そう依月の言葉の真意を汲み取って、純蓮はスカートのポケットの中を探る。そして、指先にひやりとしたガラスの感触を感じると、彼女は小さく安堵の息を漏らした。ちらと様子を伺うものの、幸い敬吾の注意はいまだ依月へと向いている。
純蓮が手に握ったのは、アルマに手渡されていた予備の小瓶。ふっとかすかに笑みを浮かべて、彼女はその瓶を取り出した。
「……あなた
純蓮は依月へと目配せをしながら、そう告げた。そして、敬吾へと鋭い視線を向けて声を上げる。
「だから……! わたくしは絶対に、あなたの思い通りになどなってやりません!」
そう声高に叫べば、敬吾はなにごとかと純蓮に視線を向ける。しかし、純蓮が止まることはない。
キュッという音とともに小瓶の蓋を開け、純蓮はその中身を一息に飲み干したのだ。
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ここから最後の戦いです!
ぜひ最後までお付き合いください。
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