第27話 ほつれた糸を結びなおして
穏やかな陽光の差すカフェのテラス。ただそのテラスでは、二人の少年少女が実に重苦しい空気の中で向き合っていた。
少女は俯き、少年はしかめっ面をしたまま腕組みをしている。
――とっっても気まずいですわ。どうして店長さんは帰ってしまったんですの……!!
純蓮の言葉通り、ロゼは既にこの場を離れてしまった。あとはお若いお二人で、とまるでどこぞの仲人のような言葉を残し、彼女はすぐにその姿を消してしまったのだ。
そろりと正面に座るアルマの顔を見上げた。彼は渋い顔をしていて、純蓮の胸はぐっと痛くなる。やはり、昨日のことで怒っているのだろうか。
気まずい沈黙を打ち破るように、思い切り息を吸い込み、勢いよく頭を下げる。
「アルマさん、昨日は本当にごめんなさい!」
「お嬢サマ、昨日は本当に悪かった!」
「「…………え?」」
ほとんど同じ瞬間に似通った謝罪の言葉が飛んできて、純蓮はおもわず声を漏らす。目を丸くして正面の彼を見ると、彼も純蓮と同じように驚いた顔をしている。驚いた表情のまま、彼は言葉を続ける。
「俺は……、昨日お嬢サマとアイツの関係に勝手に口挟んで悪かったなと思ったから……」
「わたくしは、……昨日影吉がひどいことを言って、アルマさんを巻き込んでしまったのが申し訳ないと思って……」
少しの沈黙。彼らは顔を見合わせふるふると肩を震わせると、声をあげて笑い出す。
「なんだよそれ。二人とも同時に謝るとか……。はははっ、ワケわかんねー」
「ふふっ、それはこちらのセリフですわ」
先程までの緊張感はすでに霧散していて、純蓮は口元に手を当てくすくすと声をもらす。彼はひとしきり笑ったあとで、頭の後ろで手を組み話し出した。
「つーか、別にお嬢サマは気にしなくていいっての。そもそもお嬢サマの問題に首突っ込んだのは俺なんだし、俺の出自がわからない、とかいうアイツの話もホントのことだし。俺は全然気にしてねーから――」
「そういう訳にはいきませんわ!」
アルマのどこか諦めの滲む言葉に、純蓮はずいと身を乗り出して反論する。そのあまりの剣幕に、アルマはぱちと目を瞬かせた。
「アルマさんの素性がどうであれ、わたくしがアルマさんに助けられたのは事実なのですよ! アルマさんはいわば恩人のようなもの。そんなあなたを侮辱するような言葉を見過ごすわけにはいきません!」
たとえあなた自身のものであっても、と言い添えたあとで、純蓮はたらりと冷や汗をかく。もしかして、純蓮の立場では出すぎた言葉だっただろうか。
しかし、そんな純蓮の杞憂も関せず、純蓮の言葉を噛み締めるようにしたあとで彼は、はは、と笑った。
「そっか、……恩人か。ありがとなお嬢サマ」
「……え、えーと、どういたしまして?」
アルマの反応に疑問符を浮かべながらも、純蓮は彼に言葉を返す。するとアルマは、あっと声をあげて、なにやらごそごそと懐を探り始めた。
「……そういえばこれ、やっぱり不格好にはなっちまったんだけど、……一応ってことで」
彼はどこかバツの悪そうな表情で、純蓮に向かい手を差し出す。それは少し縫い目の目立つ、うさぎのぬいぐるみのキーホルダーだった。
「これは……、アルマさんが直してくださったのですか?」
「まあな。だから多分縫い目とかも雑だとは思うんだけど……」
確かに、既製品と比べれば多少縫製が粗いことは否定できない。それでも、なによりも。
「……アルマさんがわたくしのために直してくれた、ということが嬉しいのですわ」
自然と純蓮の頬は緩む。ありがとうございます、と伝えれば、アルマもまた笑みをこぼした。しかし、彼はすぐに表情をきりと引き締めると、声をひそめて話しはじめる。
「まあそれで発信機は取り外したわけなんだけど……、昨日あのあと大丈夫だったか?」
「えぇ、大丈夫……ではあると思いますわ。でも、その……、初めて影吉と喧嘩をしてしまいましたの」
「ケンカ?」
きょとんとした顔の彼に昨日のやりとりをかいつまんで説明すると、彼は説明を聞くなり笑いはじめた。
「はははっ、なんだよお嬢サマ! まさか、喧嘩するってときに、バカ、とかわからずや、とかって! ……あはは!」
「わ、笑わないでくださいませ! わたくしは真剣だったのですよ!?」
「ははっ。ごめんって」
純蓮が不満を表明しても尚、彼の笑いは止まらない。むむと純蓮が頬を膨らませていると、彼はそんな純蓮に対して笑いかけた。
「……でも、よかったな。自分の言いたいこと言えるようになってさ。これで一歩前進、ってとこじゃね?」
にっと口角を上げ、アルマは言う。
「……そう、でしょうか」
「そうだって。んじゃ、次の目標は打倒お父サマだな!」
「打倒……、お父様」
「お父様への復讐」が目の前へ迫ってきている事実に、純蓮はごくと喉を鳴らす。
そんな純蓮に向かい、アルマはふと問いかけた。
「とりあえずこれだけは確認しておきたいんだけど……、お嬢サマって
「影吉のこと……」
純蓮の脳裏に浮かぶのは、昨日の暗く淀んだ瞳の彼の姿。あの彼の様子は、今思い出すだけでも身震いしてしまうほどに恐ろしかった。
ただ、それでも純蓮にはこれまでの十年以上に渡って彼と積み上げてきた色褪せない思い出がある。
「……正直にいうなら、発信機を取り付けたのはいくらなんでもやりすぎだったと思いますわ。でも……、今までずっとわたくしは影吉に支えられていて。……それだけで嫌いには、……なれない、のです」
純蓮の途切れ途切れの言葉を聞いてアルマはなるほどな、と相槌を打つ。そして、にやりといたずらを思いついた子どものような表情で彼は笑ったのだ。
「これは提案なんだけど…………、
「…………え?」
彼の唐突な提案に、純蓮はおもわず息を呑む。純蓮に向けられた彼の瞳には、確かな光が煌めいていた。
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