第19話 捜査会議

「まだ確証は無い」


 という前置きのもとで彼が話したのは、一連の事件の詳細だった。


『白崎市連続殺人事件』として報道されたこの事件は、十年前から八年前までの約二年間で断続的に起こった連続殺人事件であり、その被害者は四人にものぼった。

 しかし、被害者の女性はみな面識がなく、彼女らの職業なども異なっていたことから犯人の特定は困難を極めていた。


 ただ、彼女らの遺体には外傷がなかっただけでなく丁寧な防腐処理がされていたことから、当時の捜査員の中では犯人は医療に携わる者なのでは、という憶測もまことしやかに語られていたらしい。


 アルマの説明を聞き終えて、純蓮は小さく首を捻る。


「その……、この事件がとても恐ろしい事件だった、というのはわかったのですけれど、どうしてこの事件がお母様へ繋がるのですか?」

「あぁ、それは……。正直に言うなら、この事件はお嬢サマの母さんの死因に直接関わってるってわけじゃない。交通事故は多分この犯人にとっても想定外の出来事だったはずだ」


 それでも、と彼は純蓮の疑問に答えるように、ぱらぱらと資料をめくった。そして、いくつかの新聞の切り抜きがスクラップされたページを純蓮へと寄せてみせる。


 そこには、それぞれの事件の被害者についての大まかな情報が載せられていた。


「見たらわかるとは思うけど、この人たちは被害にあった当時、全員二十五歳から二十七歳だったんだ」


 ぞくりと背筋に冷たいものが走る。それは、当時の陽乃と同じ年齢ではないか。


「まぁそれだけだとそんなに強い証拠にはなんないだろうけど……」


 そう言うと彼は白崎市の市街図とマーカーを取りだした。


「ここに被害者が最後に目撃された地点を書き込んでいくと、被害者の足取りが追えなくなったのが大体この辺りに集中していたってことが……、ほらわかるだろ?」


 そうして彼が指し示したのは、純蓮もよく知るその場所だ。


「ここは……、商店街……?」

「あぁ、……確か昨日母さんと一緒によく商店街に行ってたって言ってたよな?」


 こくりと頷いた純蓮を見つつ、アルマは言葉を続けた。


「この事件は、衝動的な犯行じゃない。だからきっと、ターゲットの選び方や殺害方法にも犯人なりのこだわりがあったはずだ」


 なんてったってわざわざ傷を残さないように殺害して保存処理までするような奴なんだからな、と彼は不快そうに眉を寄せる。


「そんな奴が現場の位置を固定すれば警察の捜査網が狭まる、なんてことを考えなかったとは思えないだろ? お嬢サマの母さんはよく商店街に行ってたらしいから、それも一種の予行練習だったんじゃないかと……」

「そんな……、そんなはずありませんわ!」


 アルマの説明を遮るように、純蓮はおもわず声を張り上げる。

 

「お母様は優しくて、明るくて、だれからも愛されるような方だったのですよ!? そんなお母様が誰かから殺したいと思うほど憎まれていたわけ……、ないではありませんか……」


 彼女の声は段々と勢いをしぼませていき、最後には嗚咽すら混じるものだった。しかし、そんな純蓮にアルマは表情一つ変えずに淡々と答える。


「いや、お嬢サマ。それは違うな」

「え……?」


 はっと顔を上げ、純蓮は目を見張る。伏せられた彼の瞳は苦しいほどに凪いでいて、感情の揺らぎのひとかけらも読み取れない。


「……人は、たとえ憎んでなくたって簡単に人を殺せるんだ」

「アルマ……、さん?」


 その言葉があまりにも生々しい温度を帯びていて、純蓮は戸惑うように声を震わせる。ただ、すぐにアルマは表情をいつものように明るくさせ、彼女へにこりと笑いかけた。


「まぁ、なんつーかそういうこともあるってことで。……それにコイツの犯行は憎しみとかっつーより執着? みたいな感じがすんだよなー」


 彼の様子は、どこか空元気のようでもあった。それでもはっきりと立ち入るべきではない、と線を引かれてしまったようで、純蓮は彼の様子についてそれ以上尋ねることはできなかったのだ。

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