第17話 かすかな違和感

「んー……。やっぱなんか違和感があんだよなぁ……」


 昼下がり。ファイルを片手に、アルマはぽつりとつぶやいた。


「違和感……、ですの?」


 そんな彼の様子に、純蓮も手元の資料から顔を上げて問いかける。アルマはあぁ、とファイルを手の甲でぱしぱしと叩いてこう告げた。


「なんつーかお嬢サマの父さんって、お嬢サマが言ってた昔の話と調べた情報とがあんま上手く繋がんねーんだよな。本当に急に人が変わったみたいっつーか……」


 そこまでを言うと、アルマは唸りながら首を捻る。

 

 確かに治彦は、以前と比べて屋敷に帰ることは少なく、純蓮と顔を合わせようともしない。そんな彼を表す急に人が変わったようだ、という表現に、純蓮としても異論は無い。だというのに、それのどこに違和感があるというのだろう。 


「それは……、お母様が亡くなってしまったから、ではありませんの?」

「いや、それもあるだろうけどそうじゃなくて……。あー、なんかうまく言えねえ」


 べしゃりとカウンターに突っ伏した彼は、がしがしと頭を掻く。彼の赤い瞳に、真っ白な紙とそこに並ぶ黒々とした文字が反射して。彼は、あ、と小さく声を漏らした。


「つーかそもそもなんだけどさ、お嬢サマの父さんってホントにお嬢サマのこと嫌ってんのかな?」

「……え?」


 アルマの言葉に純蓮は、はてと首を傾げる。なぜ今更になって彼はそんな分かりきったことを聞くのだろう。

 困惑する純蓮の様子を見つつ、彼は言葉を続けていく。


「だってさ、お嬢サマが聞いた、死ねばよかったのになんて言葉も、直接はっきり聞いたわけじゃないだろ? もしかしたら違ったかもしんねーじゃん」


 あっけらかんと、彼はそう言い放つ。


「そんな……ことが、あるのでしょうか?」

「いやまぁそこはわかんねーけど」


 震える純蓮に対し、彼は間髪入れずにそう告げた。そのあまりの速度に純蓮はおもわず絶句する。


 希望を見せるだけ見せてすぐに叩き落とすとは、彼はなんて酷なことをするのだ。


 純蓮の愕然とした様子にアルマはすぐさま顔色を変えると、ぱたぱたと勢いよく手を左右に振った。


「あーっと違う違う! えっとそうじゃなくてな? 確証はないっつーか、俺の勘だからっつーか? 言い切っておいて後から違ったとかってのも嫌だろうしっつーか……」


 慌てながら言葉を重ねるアルマを見て、純蓮はふふと肩を震わせる。


「ふふ、アルマさんわたくし別にそんなことで怒ったりしませんわ」

「そ、そうか……?」


 ならよかった、とどこかほっとしたように彼は手をおろした。その瞬間、彼の手がカウンターの上のファイルに触れ、バサリという音とともに何枚もの紙が床に散らばる。とっさの出来事に、純蓮はおもわず地に落ちた紙へ視線を向けた。視界の外からはやっちまった、とこぼすアルマの声が降ってくる。


「これは……?」


 散らばった紙を回収しながら、純蓮はそうつぶやく。彼女の視線の先にあるのは、古くなった新聞の切り抜きだった。

 アルマはそれをひったくるように純蓮の手から奪い取ると、渋い顔をしながら低く唸る。


「…………見たか?」

「は、はい……」


 先ほど純蓮が拾い上げたのは、どうやら何らかの事件に関する新聞記事のようだった。

 ただ、その記事と純蓮の復讐計画との関連性とが繋がらず、なぜ共にファイルに綴じられていたのだろうと純蓮は首を傾げる。


「……見られたもんは仕方ねえか」


 ぞくり、と底冷えするような声で、彼はそう一言告げたのだ。

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