異世界転石

菊姫 新政

第1話 魔石

異世界に石ころとして転生したけど意外と無双できた

1ー1

 青信号で横断歩道を渡っていたら、スマホを見ながら運転するファミリーワゴン車に轢かれた。運転手の女性は、ぶつかる瞬間までスマホしか見ていなかった。それが私の記憶する最後の光景。

 

 なんてことはどうでも良いのです。

 

 そんな光景を思い出せるということは、私はまだ生きているということじゃありませんか。それなのに、ああそれなのに、指の一本も動かせやしない。それどころか、指の感覚すらないし、目も見えない。これって、いわゆる植物状態なのかしらん。傍から見たら、脳死になってるのかしらん。脳死で臓器提供するって、免許証の裏に記載しちゃったぜ。こんなに意識がはっきりしているのに、腎臓とかえぐり取られちゃうのかなあ。


 まあ、しょうがないか。己の思考しかないこの世界で生きながらえても、何か、草臥れるだけだし。終わりにしてくれた方が楽かも。


「はーあ」


 私はため息をついた。


 ん。待て待て。ため息、つけるのか?でも、息をしている感じはない。


「おや、新入りかな。」


 誰かの声も聞こえる。声っていうか、何だろう、テレパシーというものがあるならこれがそれなんじゃないか。


「…気のせいか。」


 声の主がどこかに行ってしまったら、私は一人ぼっちになってしまう。引き止めねば。私は慌てて、喋るようにして念じてみた。


「待ってください、新入りというのは私のことですか。」

「あ、なんだ、やっぱりいるじゃん。」


 どうやら通じたみたいだ。それなら、質問をば。


「あの、ここは一体どこなんですか。今日は、何月何日ですか。」

「知らないよ。」


 通じた意味、無ぇな、おい。


 おっと、こんな思念が伝わってはいけない。別のことを念じないと。


「さっきから体が動かないし、感覚もないし、何も見えないんですけど、私ってどうなってるんでしょうか。」

「多分、石になってるよ。」


 はあ?冗談きついぜ。


 これが相手に伝わったかどうかは、定かでない。伝わっても支障はないと思う。だって、いきなり、石ですよ。イシを音で聞いていたなら、遺志だとか医師だとか、別の選択肢もありましょうが、何しろテレパシーなのでstoneの石であることが明瞭に理解できましたよ、はい。しかも、ヒト型の石像ではなく、路傍にありがちな小石。岩ですらないらしい。岩でありたかったわけじゃないけど。


「ちょっと、待ってください。石ってどういうことですか。」

「知らないよ。こっちも石だし。」

「へ?」

「あなた、多分死んだでしょ。死んだかどうか自分じゃ確かめられんけど。私も、周りにいる人…というか石たちも、同じくよ。で、気付いたら石。よくある、転生じゃないの。」

「ええ、えー」


 転生モノの創作物はよくあるけれど、実際によくあるとは聞いてないよ。しかも、転生先が石って、何だよ。これで何をしろと?石ころ、前世スキルで無双。異世界石のていねいなスローライフ。悪石なのにイケメンに溺愛されてます。どれも無理だろ!動くことすらできんのやで!このテレパシーで魔王でも倒せと言うのか。魔王、弱すぎじゃねえか。


 私はむやみにツッコミを入れたけれど、相方がいるでなし、そもそもボケ役はこの転生環境そのものだ。ツッコんでも不毛すぎる。もっと健全な方向に考えよう。


「それでは、先輩は石としてどのように過ごされてるんでしょうか。」

「先輩か、いいねえ。良い響きだ。久しぶりに刺激的ー。」

「で、日頃何してるんですか?」

「そんなこと聞かれたってさ、石だもん、何もすることないよ。光を感じないから、ここに来てからの日数も数えられないでしょ。その辺の石仲間がたまに減るから、もしかしたらここは川とか水流のあるところかと思わないでもないけど、実は砂漠で、石仲間は鳥に拾われてるだけかもしれないよね。ホント、何も分かんないし、何もできないんだわ。」

「ええ、えー。そんなんで、どうやって時間を過ごすんですか…。」


 スマホも無いのに、と言おうとして、やめた。スマホとの最後の思い出は最悪だ。あれのせいで石にされたのなら、スマホなんぞ金輪際見たくもない。


「何もしない。それしか選択肢が無い。」

「そんな…みなさん、それで大丈夫なんですか。」

「いや、どうなんだろ。最初はみんな、あなたみたいにお話しするんだけどさ、そのうち話さなくなっちゃうんだよね。大丈夫かどうかすら分かんない。いる感じはするんだけど。あなたも分かるでしょ?」


 先輩にそう言われて、私は周囲の気配を窺ってみた。特に何も…と思ったのは一瞬のことで、すぐに何か引っかかるものを感じた。確かに、何かがいる。ただ、いることが分かるだけで、先輩のような声も聞こえないし、どれくらい私と離れているのかも分からない。ただ、なぜか、みな石ころだという事だけは分かる。そんなこと、分からなくてもいい。かえって恨めしい。


 私は試しに、周囲の石たちに向かって、呼びかけてみた。でも、誰も彼もが静まり返っていて、何の応答も無い。これは、萎える。


「ね?だーれも、話さないでしょ。来たばっかの時は、話してくれたんだよ。」

「はあ…」


 何もすることが無ければ、唯一可能な雑談をしそうなものだけど。私は無い首をかしげた。


 だが、その理由は直に判明した。


 先輩が、うざいのだ。


 人間だった時の自慢、他者の誹謗中傷、不毛な愚痴。新しい経験が得られないから、どうしても同じ話の繰り返しになる。返事をせずにいると無視するなと怒り、何か言えばこちらの揚げ足を取り、勝手にへそを曲げてブチ切れる。気に入らないことはすべて他人のせい。自分を上げておく棚は無尽蔵。ああ、面倒くさい。


 自然と、私も黙るようになった。先輩がしつこく話しかけてきたけれど、鉄の意志で無視し続けていたら、そのうちに距離が開いた。私もまた沈黙する石の仲間入りをしたと認定されたのだろう。


 先輩以外とならお話をしてみたいが、このテレパシー、特定の相手だけに届けることができない。先輩でない誰かに声を掛けたら、先輩にも聞かれてしまう。そうなると、絡まれるだろう。それだけはぜーったいに嫌だ。この先どれほどの時をこうしてここで過ごさなければならないか分からないが、あの相手をするくらいなら誰とも話さない方がましだ。


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