第9話 2度目の航海開始

 ハンス君……いや、ハンス船長の船員集めは一応進んだ。


 まず親戚の病院で半年手伝いをしていた船医。


 海軍で航海士をしていた航海長。


 航海長と同じ船で砲手をしていた甲板長。


 船大工の若者。(20歳)


 これに料理長の俺とハンス船長という明らかにヤバい香りしかしない幹部メンバーに水夫30名が今回の船員である。


 ただ水夫の中には海軍で数年勤務していたベテラン水夫が10名ほどおり、幹部は若年が多いが……まぁ何とかなるだろう。


 今回乗るブリッグ型帆船は幸運を意味するグッドラック号で、積荷の武器と火薬を載せて、いざ2回目の大航海に出発した。








※今回のチャーリーの賃金は月2ポンド2シリング。


 コーラルとアクアが1ポンド10シリングである。


 前回に比べたら高いね! 








 料理長……それは船で幹部待遇の役職持ち船員。


 その為に調理場という自分の部屋が与えられる。


「キッチンキッチン!」


 前回は船内で雑魚寝だったが、キッチンの壁と柱にハンモックをかけて眠ることが出来る。


 これがどれだけ快適か……。


 船員達の昼食の準備を終わらせるとコーラルを料理補助に任命して、俺は甲板に出た。


「んん~潮風が気持ちいい」


 そう言いながらも、新しく貰った風を操るチートを使ってみる。


 すると船の回りの風の向きが代わり、順風……いや、なかなかの強風となる。


 甲板長が


「良い風が吹いている! 一気に進むぞ! 帆を張れ!」


 と帆を張ってロンドンの港を一気に出発すると、半日もかからずにドーバー海峡を突破し、フランス北部を進んでいた。


「ハンス船長、出だしは好調ですね」


「あぁ、これなら1週間もせずにポルトガルまで行けそうだ」


「おお、そりゃ良いですね」


「チャーリー、食事の準備は大丈夫なのか? のんきに釣りをしているが」


「大丈夫ですよ、昼前に夕食の準備も終えているので、魚が釣れたら1品追加しようと」


「そりゃ良いなぁ。1品増えるように祈ってるよ」


 そう言われた瞬間にも大きな魚が釣れて、1品増えるのが確定したのだった。









「おまち! ミートスパゲッティにザワークラウト、焼き魚だよ」


「チャーリー料理長、ザワークラウト本当に毎日食べねぇと駄目か? 酸っぱくて苦手なんだけど」


「壊血病の予防になるから死にたくなかったら食っておけ。今回の航海で事故以外で死人を出したくないから病気にならない美味い飯を用意してやるから文句を言わずに食え」


「そうだぜえっと船大工の」


「ジョン·イーストウェルだ! 間違えるな」


「悪い悪い、ジョン。でも好き嫌いはほどほどにしておけよ」


 どことなく小物臭がする船大工のジョンであるが、俺は年が近いのでジョンさんと呼び、あっちもチャーリーと気安く呼び合う仲になっていった。


「チャーリーも真面目だな〜皆の食事が終わったら直ぐに次の調理の準備なんて」


「まーな、というかジョンは持ち場に行かなくて大丈夫なのか?」


「船内の見回りはしたし、新造船のグッドラック号がもうガタが来ていたらこえーよ。当分は暇な時間だろうよ」


「ジョンって1回航海経験済みだっけか?」


「そうそう、見習い船大工で親方と一緒に船に乗ったけど、散々だったよ。アフリカで1年右往左往して、ようやく奴隷が集まったら大西洋で嵐、やっとの思いでカリブ海に到着したら親方が病気で死んじまって……そこからイギリスに帰ってくるまで船大工として活動よ」


「なんでまた航海に?」


「言ってしまえば金だな。娼館に通ってたら金が溶けた。だからこうしてまた船に乗ることにしたんだよ」


「なるほどなー」


「チャーリーはどうしてなんだ?」


「俺も金だな。自分の船を持つために投資したり貯金したりしているが、目標金額を考えるともう何回か航海しないといけなくて」


「かー、真面目だねぇ。パーッと使えば良いのに」


「まぁ人それぞれってやつだ」


 こう喋っている間も俺は風を操りながら、船を動かしていた。


 現在10ノットの速度でフランス沿岸部を爆走している。


 ちなみに1ノットが時速約1.85キロなので、10ノットは時速18.5キロということになる。


 これが続けば2週間かからずにアフリカ中部に到着することが出来る。








 航海は順調そのもの……1週間もかからずにポルトガルのロカ岬を通過し、船員達の間で凄まじく順調じゃね? という話が持ち上がっていた頃、俺はハンス船長に呼ばれて、どこの港で奴隷貿易をするべきか航海長と一緒に言われていた。


「約半年前になりますがジョロフ王国(現在のギニア)の方で戦争が起こっていると聞いたので中央アフリカ諸国を巡るんだったら最初に行きません?」


「航海長はチャーリーの意見をどう思う?」


「良いんじゃないか? チャーリー、食料は持ちそうか?」


「今の状態なら無補給でも船員38名を3ヶ月は余裕で持ちますよ」


「うーん、ジョロフ王国で奴隷貿易はあんまり聞かないが……まぁ水の補充もあるし、行ってみるか」


 ハンス船長も同意したため、目的地はジョロフ王国に決まった。








 料理の準備をしながら、料理の手伝いに今日は参加してくれているアクアと話す。


「ジョロフ王国ですか……昔は帝国だった国じゃなかったでしたっけ?」


「あぁ、1世紀前に衰退して、今は交易の国になっているけどね。確か各国の商館があったハズだから食料とかは楽に集まると思うけどね」


「ちなみに王様に頭下げに行くんですか?」


「いや、奴隷商人が居ると思うからその人と接触した体で詰んできた石炭を宝石人間に変えて、それを奴隷として扱う」


「なるほど……悪い人だ」


「まぁ船長は一応王様に挨拶しに行くと思うから、俺はアクアとコーラル連れて奴隷買ったフリして火薬類を商人に売っぱらおう。なーに経理もまた俺がやることになってるから幾らでも誤魔化せるからな」


「うわー悪党……でも本物の奴隷を扱うよりは良いか」


「そうだろ……それにギニアは宝石の産地でもあるからな……火薬を売っぱらったお金で宝石や貴金属に変えてしまおう」


「なるほど、それでジョロフ王国に行くんですね」


「イグザクトリー(その通り)」


 あくどい事を企んでいる俺達だった。








 好事魔多しということわざがある様に、順調なときほど悪いことも起きるもので、アフリカ大陸が見え始めたくらいから嵐に巻き込まれてしまう。


 俺は風を操るチートを使って風向きと風量をある程度は調整しているが、それでも大自然を完全にコントロールできるわけも無く、荒波が船に襲いかかる。


「ヤバい、ベスがロープが外れた大砲に潰された!」


「カラフが海に落ちて流された!」


 ベスは頭が潰れてしまい、助からなかったが、カラフは水夫達が網を投げ込み、何とか救助することに成功する。


「ジョン! 大工のジョン! 船内に穴は空いてないか! 補強は大丈夫か!」


「船長大丈夫っす! 流石新造船、修理箇所は今のところありません」


「航海長、船の速度大丈夫か?」


「目算20ノット以上で進んでる! 幸い流れには乗れている! なるべく陸地がギリギリ見える位置で進んでくれ!」


 嵐で船は大混乱だが、俺はそんな頑張っている船員達のやる気が出るような料理を作っていく……。









 5時間ほど嵐と格闘し、亡くなったベスの水葬を終えると、全員疲労困憊といった感じ。


 しかし、疲れていても食事を取らないと体力が回復しないので、天候が回復したのをいいことに、甲板で皆で食事を取る。


「ホイよ、料理長特製ヨーグルトケーキだ」


 俺が出したのはヨーグルトケーキである。


 材料は硬いビスケット、ヨーグルト、マヨネーズ、少しの塩、小麦粉である。


 砕いたビスケットを生地の土台とし、その上にヨーグルト、マヨネーズ、小麦粉、塩を混ぜた生地を流し込んで型に入れて焼いていけばヨーグルトケーキの出来上がりである。


 船内の材料を集めたが、案外出来るもんだなーと俺は呑気に思っていたが、船員達は巨大なケーキが出されて仰天。


 全員に俺が切り分けていき、食べ始めると


「せ、船上でこんな美味い飯が食えるなんて……」


「料理長、あんた陸でも一流のシェフとしてやっていけるよ」


「「「うめぇ~」」」


 と料理を船員達はバクバクと喜んで食べていった。


 嵐のおかげで倍の速度で進めたので目的地はもうすぐである。

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