アラフィフおじさんの推し活奮闘記

DAI

第1話

私の名前は田中健二。今年で45才。いわゆるアラフィフだ。



ある中小企業でしがないサラリーマンをしている。

出世街道には程遠い、平凡な男だ。

ルックスは・・・自分では並だと思っている。

家族は、妻一人、娘一人、犬一匹。

ささやかながら、幸せな家庭を築けている(と思う)。

趣味は、特にない。

酒は付き合い程度。ギャンブルや女遊びとは縁のない暮らし。

家族の笑顔だけが私の支えだ。

・・・と、自分語りは、このへんにしておこう。


この話は、ある家庭の平凡な日常風景から始まる・・・。

「かあさん、コーヒーのお替わりくれるか?」

「はい、どうぞ。」

妻は、私には出来過ぎなくらい、いい妻だ。

彼女の淹れるコーヒーは、本当に旨い。〇タバなんて目じゃないくらいだ。

「あ、お母さん。もう行くね。行ってきます!」

「ユイ!まだ途中じゃないの!もう、仕方のない子。」

ユイは私の一人娘だ。私に似ず、まあまあ整った顔立ちをしている。

親思いで、性格のいい娘だ。それだけに変な男に捕まらないか心配だが。。。

ただ、その心配もしばらくは大丈夫だろう。

なぜなら、ユイには【推し】がいるのだ。

ユイが推しているアイドル・・・マジプリ。Magical☆Princeは、3人組の男性グループ。最近、テレビでも活躍している人気絶頂のアイドルだ。

私には良さが分からないが、私も若ければ、あんな風にキャーキャー言われたいと思うことはある。

「あなた、もう、行かないと。」

そうだった!つい時間を忘れて、話過ぎてしまった。

私は、慌ててカバンを掴んで立ち上がった。

「かあさん、行ってきます!」

「行ってらっしゃい!」


駅までの道。通いなれた道だ。何なら目を閉じてでも歩ける・・・それは、言い過ぎか。勤続20年。我ながら、よく頑張ったものだ。

電車に揺られること30分。ギュウギュウ詰めでもなく、適度に混んでいる車内で過ごす時間は、私にとって貴重だ。昔はキオスクで経済新聞を買ったものだが、今ではスマホで情報収集ができる。最近、老眼で見えづらくなってきたのが辛いところだな。

駅から会社へは歩いて数分。遅刻はしなくて済みそうだ。

小さなオフィスビルの3階が我が社だ。

「田中さん、おはようございます。」

「おはよう。」

会社での私は、それなりに仕事をし、それなりに部下に慕われ、それなりに上司に信頼されている。ごく平凡な、それなりの会社員だ。

今更、出世しようとも思わないし、クビにならない程度に頑張る。もちろん、家族を路頭に迷わせるわけにはいかないから、仕事の手は抜かない。

私は、与えられた仕事はキッチリこなす人間だ。

9時から6時まで、キッチリ仕事をした私は、キッチリ定時で上がる。残業はしない主義だ。最近は呑み会の誘いも少ない。いい夫、いい父親である私は、まっすぐに我が家に帰るのだ。寄り道なんてとんでもない。たまには本屋くらいは行くが・・・。


眩しい夕日に向かって歩くと愛しき我が家が見えてくる。

35年ローンで購入した小さくとも自慢の家だ。

「ただいま。」

「おかえりなさい。」


ああ、愛しき我が家。この温かさは私の宝物だ。

「ごはん、まだだから、先にお風呂に入ってきて。」

いい香りだ。今日はシチューか。

一日の最後に湯船につかるのは、極上の時間だ。

私には、このなんとは無い平凡な日常が、最高の幸せだ。

「いやー、さっぱりした。」

「はい、ビール。」

プシュッ。

グビグビッ。

プハーッ!

「この一口の為に生きてるな。」

まさに格別。幸せとはこのことだろう。

「テレビのチャンネル変えるぞ?」

ニュース番組から、別のチャンネルに変えよう。

適当な順番にリモコンのボタンを押していく・・・

「面白い番組やってないなぁ。」

お笑い芸人が出ているバラエティ番組。

ベテランタレントの旅番組。

大家族のドキュメンタリー・・・・。

いつもと変わり映えのしない番組ばかりだ。

ふと手が止まった。

よくある歌番組だ。

今どきのキラキラしたアイドルがテレビの中で歌い踊っている。



・・・いや、これはなんだ。


キラキラなんてもんじゃない。


まっ、眩しいっ!


私は画面から目を逸らせなくなっていた。


子供のころ、テレビの中で歌い踊る女性アイドル歌手に

夢中になったことがあった。

学校中が、彼女の話題で持ちきりだった。

当時、カセットテープを買って擦り切れるまで聴いた。

その記憶が、興奮が、鮮明に蘇ってくる。


私は今、テレビで歌っている「彼」にときめいていた。


なんて眩しいんだ。


私は「彼」を全力で推したい!!


それが、Star☆Dream(スタドリ)との出会い。

そして、ユウくんとの出会いだった。

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