その配達員、実は元SSSランク冒険者 ~引退した元冒険者、王都で配達員を始めたらバズってしまう~
友橋かめつ
第1話 配達員の日常
昼下がりの王都。
オーバーイーツのアプリを起動し、オンライン状況にしてしばらくすると、ピコンピコンと手元の端末が通知音を鳴らす。
配達の注文だ。
マジックフォンーーマジホの画面に視線を落とす。
そこには報酬額と店までの所要時間と距離、配達先の住所が記載されている。
配達先の距離は3キロで、報酬額は800ギル。
この世界の通貨価値は前世と同じなので、日本円にして800円。
3キロをこなすのに必要な所要時間は一般的に徒歩で40分。走れば20分前後。まずまずといったところだ。
注文を受けるかどうかはこちらに一任されている。
割が良いと思えば受けるし、割に合わないと思えば断ってもいい。もっとも、俺は報酬の多寡にかかわらず受けることにしている。
マジホの画面の配達ボタンをタップする。注文を受け付けると、料理を受け取る店舗が表示された画面が出てくる。
道に詳しくない人でも、マップを開きながら向かえば店舗にたどり着ける。今回は何度も行ったことのある店舗だ。何も見ずに向かう。
やってきたのは王都の通りに面したカフェだった。
カフェ・ルミエール。
おしゃれな雰囲気で、平日でもいつも賑わっている。
俺はその類いに疎いのでよく分からないが、SNS映えすると人気らしい。
配達バッグを背負ったまま、店内に足を踏み入れる。
若い男女やマダムが集まる店に、いい年をした男が一人で入っていくことに最初こそ抵抗を覚えていた。しかしもう慣れた。今では何も感じない。
レジに向かうと、店員に注文番号を伝える。注文した商品を待っていると、俺に気づいた顔馴染みの店員が声を掛けてきた。
「あ、ハロルドさん。今日もオーバーの配達です?」
「ええ」
「暑い中、ごくろうさまです」
労いの声を掛けてくれた彼女はカトリーナさん。
弾けるような明るさと愛嬌、整った容姿からこのカフェの看板娘になっている。SNS上でも人気があるらしい。
「ちょっと待っててくださいねー」
「何をしてるんですか?」
「直筆のメッセージ入れときました。ご注文ありがとうございますって。可愛いネコちゃんのイラストも添えて」
「律儀ですね」
「こういう小さい心遣いがお客さんの心を掴むのですヨ」
さすが看板娘と呼ばれるだけのことはある。
しっかりしている。
「こちらの商品です。よろしくお願いします」
「ありがとうございます」
俺は注文した商品を受け取ると、配達バッグの中に収納する。緩衝材を使い、料理がこぼれないように固定する。
「それじゃ、頑張ってくださいネ」
「ええ」
店を出ると、配達先の住所に向かう。
マジホの画面を開き、マップでピン留めされた位置を確認する。
注文時の表示では所要時間は30分程度と書かれていた。3キロの道のりを走って向かえばだいたいそんなところだろう。
けれど、それはあくまでも一般的な話だ。
俺は風魔法を発動させると、それを足に付与する。こうすることによって、常人より遙かに速く移動することができる。
時間が掛かれば、その分だけ料理が冷めてしまう。誰だって、食べられるなら出来たての状態で食べたいに決まってる。
「荷物が崩れないよう、重力魔法も忘れないようにしないとな」
いくら速く到着しても、料理が崩れたりこぼれてしまったら意味がない。見栄えも含めての料理なのだから。
迅速にかつ、丁重に。それが俺の理想とする仕事だ。
風魔法を付与し、重力魔法を配達バッグに掛け終わると、配達先の住所に向かう。通行人と事故を起こさないよう、安全面にも配慮する。
本来は20分は掛かるであろう道のりを、3分ほどで駆け抜ける。
「ここだな」
配達先のアパートに到着する。
階段を上り、注文した人が住む203号室に向かう。配達バッグを下ろすと、料理の入った紙袋を取り出した。
受け取り設定は置き配になっている。
俺は203号室の玄関扉の前に料理を置いた。
料理を置く前、下に紙を敷いておくことを忘れない。直置きとなると、衛生面が気になる人もいるだろうから。
料理を置き終えると、合図として呼び鈴を鳴らす。
アパートを出た後、アプリ内の配達済みボタンを押すと配達完了だ。置き配設定だと一度も注文者と顔を合わすことはない。
間を置かずして、次の注文が入る。
報酬額と店までの配達距離を確認すると、配達ボタンをタップする。ちなみに今まで一度も注文を断ったことはない。どんなに割りに合わない配達でも引き受けてきた。
店まで向かっている道中、ピコンピコンとマジホが通知音を鳴らす。
「お、また別の新しい注文が入ったな」
注文はいくつも同時に受けることもできる。その場合は料理を受け取った後、また別の店に料理を受け取りに行くことになる。
同時に注文をいくつも受けることにより待ち時間を発生させることなく、効率的に配達をこなすことができる。
俺は配達距離を確認した後、その注文も受けることに。店に到着するまでの間、合計5つの注文を請け負った。
掛け持ちをしたからには、その全てを迅速かつ丁寧に届けないと。数をこなすために一つ一つの仕事が疎かになってはいけない。
「ハロルドさん、今日はよく会いますね。もう3回目ですよ」
カフェ・ルミエールに向かうと、カトリーナさんが声を掛けてくる。
「このカフェの料理は人気ですからね」
人気の店舗は、一日に何度も注文を受けることもざらだ。配達員によっては人気の店の前に溜まって注文を待つ者もいる。
「せっかくなら、実際のお店に足を運んで欲しいですけどね」
「出来たてを食べられるから?」
「もちろん、可愛い看板娘に会えるからですヨ」
カトリーナさんは指を立て、冗談めかしたように言う。
「なるほど。それは確かに」
俺も冗談めかしたように同意する。
「まあでも、色々あるんだと思います。行くのが面倒くさいとか。料理は食べたいけど、自分が店にいると浮きそうだとか」
そういう人にとって、配達は便利だろう。
「なるほど、大人の意見ですねえ」
「一応、いい大人ですからね」
その後も配達を続け、日が暮れかけてきたところで切り上げた。
気が向いた時に仕事して、気が乗らなくなったらやめていい。
それがこの仕事の良いところだ。
結局昼過ぎに配達を始め、日が暮れるまでに30件近くの配達をこなした。報酬額を時給に換算すると悪くない額だ。
「よし、飲みにでも行くとするか」
アプリをオフラインにすると、飲みに繰り出した。
いつも通っている酒場に足を運ぶ。安くて美味い良い店だ。配達をしている時、この店の注文を受けたことで存在を知った。
一度足を踏み入れて以来、常連となっていた。
「いつものですか?」
「ああ。ビールと串盛りを頼むよ」
「はーい」
カウンター席に座り、運ばれてきた酒と料理を黙々と嗜む。
テーブル席では鎧に身を包んだ冒険者と見られる若い男たちが、酒の勢いを借りて大声で野望を語り合っていた。皆、目がギラギラとしている。
それを見て、懐かしい光景だな、と思う。
俺は元々、冒険者をしていた。一応、それなりには腕の立つ冒険者だった。
ある時期を境に引退し、王都にやってきて今の仕事に就いた。
冒険者と比べると、配達員はずっと地味な仕事だ。脚光を浴びることもなければ、地位や名誉を得られることもない。むしろ、配達員は市井の人々からは低く見られがちだ。心ない言葉や態度を取られてしまうことも珍しくない。俺自身も何度かそういう経験があった。
マジホを見ると、オーバーイーツのアプリから通知が来ていた。
今日配達した人たちからの評価が届いていた。
注文した人たちは、配達員を評価することができる。良い仕事ならグッドを、悪い仕事だと判断されたらバッドの評価が送られる。
届いていたのは、全てグッドの評価だった。
中にはメッセージ付きのものもあった。
『丁寧な配達、いつも助かってます』
『出来たての料理が食べられて最高でした!』
注文者と顔を合わせることや、言葉を交わすことは少ない。けれど、こうした細い繋がりが密かなやり甲斐になっている。
注文者の層は様々だ。
お金持ちもいれば、中流の人もいて、豊かではない人もいる。色々な人が、それぞれ色々な理由で配達を注文している。
いずれにしても、料理を楽しみに待っているのは皆同じだ。
冒険者の頃と比べると、地味だし脚光を浴びることもない。
でも、今の生活は結構気に入っている。
好きな時に配達の仕事をして、ささやかながらも誰かの役に立って、夜は行きつけの酒場で安い酒と料理をたしなむ。
そして家に帰り、枕元で本を読み、眠くなったら眠る。
特別なことは何も起きない平坦な生活。
だが、悪くない。
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