第7話 私、影と暮らすことにした

ある朝、妹が影と話していた。


「……お姉ちゃん、起きて」


布団をめくる手が冷たい。

私は目を開けて、ぼやけた視界の先に、妹の真顔と、その横でぼんやりと伸びる“影”を見た。


「なんでそんなに真剣な顔で立ってんの?」


「この子、ユージンって名前にした」


「影に名前つけないで!? てかもう決定事項なの!?」


妹――紬は私の質問をスルーして、影を指差す。


「ユージンはね、日当たりの悪い部屋に住んでたから、ちょっと人見知り」


「いや、影って日が当たらないと存在しないよね!? それ以前の問題じゃない!?」


私はまだ寝起きだったので、ツッコミの精度が甘い。

けれど、妹はその隙を逃さない。


「さっき、朝ごはんの希望を聞いたら“焼き魚”って言ってた」


「しゃべったの!? ユージンしゃべったの!?」


「ううん、顔で。焼き魚の顔してた」


「無理あるだろ!!」


それから妹は、ユージンを家の中に案内し始めた。

「ここがトイレ」「ここがお気に入りの床のきしみポイント」とか言ってる。

私はその後ろで、うっすら泣きそうになりながら紅茶を淹れていた。


影はいつも、誰かにくっついている。

でも、誰からも名前をもらわない。

だから、妹はきっと与えたんだと思う。名前と、生活と、存在理由。


それがすごく優しいのか、すごく危ないのか、私にはまだ判断できない。


「結、今日からユージンも家族だから」


「家族って軽々しく増やさないで!? ていうかあの子、夕方になったら消えるよ!?」


「大丈夫。夜は部屋の隅で体育座りしてる」


「こわっ!!!」


その夜。

私はこっそりリビングを覗いた。妹とユージンは、月明かりの下で影絵をしていた。

うさぎとか、キツネとか、最後には“自分”の形。


ふたりの影が並んで、まるで会話してるみたいだった。


「……お姉ちゃん」


「なに?」


「ユージン、明日は出かけたいって」


「どこ行くの?」


「……日陰の遊園地」


「そんな場所ないよ!!」


でももし、どこかにあるなら――

きっと、うちの妹と影は、ちゃんとチケットを持って並ぶんだろうな。

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