12 誕生日

 持ち主が許可をもぎ取ってきたのは、それから二日後のこと。庭でのんびりしていたら、持ち主が嫌そうな顔で「許可を取ってきた」と教えてくれた。


「ん?」

「許可は取れたのだが」


 歯切れの悪い持ち主に不思議がっていると、彼は「キミの存在が親戚にバレそうだ」と言った。


「直球に言ったら、女性の気配がすると言われた」

「持ち主、もてないのに?」

「……」


 なんか傷ついたような顔をされた。でも、この世界のモテ基準が華奢な男性にあったら、持ち主は絶対に売れ残るだろう。とはいえ、持ち主は筋肉質な無表情であって、悪い人じゃないから、いつか素敵な人に出会えるはず。


「それで、どう返したの?」

「どうもこうも。子供を拾って育てていると言った。そうしたら、宮殿に来ると言うのでな」

「それを条件にしたんだね」

「ああ、すまない」


 無表情から、やや眉が下がったような顔で言われた。それでも本当に申し訳ないと思っている感じはなくて……持ち主は今回のことをあまり気にしていないのかな。

 それなら別に私が怒ることでもないか。


「ううん、大丈夫だよ」

「怖くないか」

「悪い人じゃなければ」


 持ち主が悪人を連れてくるわけがないし。叔母さんって綺麗な人なのかな? やっぱり色合いは持ち主と似ているのかな? と想像していたら、持ち主は不貞腐れたように顔を歪めた。


「やっぱり会わせたくない」

「持ち主?」

「あの人はあれで、可愛いものが大好きだ。きっと、キミも気に入られて持って行かれてしまう」


 ぽかんとした顔を晒した私は、すぐに言葉の意味を察した。きっと持ち主も不安なのだろう。私のことを思ってくれている。それが嬉しかった私は、ぎゅっと持ち主の足にしがみ付いた。


「大丈夫だよ! 私は、持ち主と一緒にいるから」


 最悪、全力で泣いてやる! と意気込んでいることは内緒にしておこう。


 その数日後。運命のときがやって来た。

 庭の木陰で待っているよう言われた私は、ピクニックの準備をしながら叔母さんの到着を待つ。

 そよ風が気持ちいいな、と鼻歌を口ずさんでいたら、前方に人影が見えた。


「ルデーゲ叔母上。あまり騒ぎ立てないでほしい」

「わはは! 安心しろ、グラニエル。お前の大事な子には傷ひとつ与えないさ」

「……」


 なんか、持ち主が圧倒されているなぁと思っていたら、目の前に現れた女性がこちらを向いた。

 紫が掛かった茶色の髪に、黒色の瞳がはめ込まれた目。体つきは大きいけど、女性らしい腰のラインが美しい。そんな『ルデーゲ』と呼ばれた彼女は、私を見て黒曜石のような目をぐわりと開いた。


「グラニエル、天使がいるぞ!」

「ああ。知っている」


 持ち主の自慢そうな声で、私は我に返った。そう言えば、ルデーゲさんは可愛いものが好きである旨を持ち主が言っていた。ある意味で持ち主と似ているのかも? と考えていたら、彼女は私の手をそっと握りしめた。

「今日がはじめまして、だな。私はルデーゲ・ギルファー。グラニエルの叔母だ!」

 押し強めに言われて、私は目を丸くしながら「はじめまして、シュウと言います」と答えた。すると、彼女は目を輝かせながら名前を連呼し始める。


「叔母上、それぐらいにしてやれ」

「むう。グラニエルは毎日、堪能しているのか」

「……否定はしない」


 持ち主の親馬鹿な言葉に苦笑いをこぼしつつ、私はルデーゲさんに向き直った。


「えっと、ルデーゲさん。もし良ければ、ルデーゲさんのお裁縫部屋を使ってもいいですか?」


 勇気を出して聞けば、彼女はあっさりとした表情で頷いた。


「ん? 構わないさ。あの部屋も、グラニエルのようなお堅い人間に使われるぐらいなら、可愛らしいシュウのような子に使ってもらいたいはずだからな! わはは!」


 ルデーゲさんの笑い声に、持ち主は不愉快そうな顔を浮かべる。


「生憎と、僕に裁縫の趣味はない」

「お前、手先が器用じゃないからなあ」

「……こればかりは仕方がない」


 持ち主が溜め息を漏らしたところで、ルデーゲさんが私の隣に腰かけた。どうやら、このままピクニックをするつもりらしい。持ち主は「食べ物を取りに行く」と言ってその場を後にした。

 持ち主が離席した瞬間、ルデーゲさんはぐっと顔を近づけてくる。


「それで、シュウはグラニエルに気があるのかな?」

「は……はい?」


 突拍子もないことを言われて、私は目を丸くする。


「わはは! 否定する必要はない」

「否定も、何もないです」

「おや。二人の間には何もないのか?」

「……ん」

「だがなぁ。私は聞いたぞ。グラニエルのエプロンに刺繍をしてあげたいそうじゃないか」


 何故、知っているのか。もしや、持ち主がルデーゲさんに自慢したのでは? なんて怪しむ私に、ルデーゲさんは笑顔を見せた。


「あの若造が恋をするなんて。良いことだと思わないか」

「絶対、そういう感情じゃない……のに」


 持ち主は、私がお風呂場の妖精だから好いてくれている。玩具のアヒルだから好いてくれている。そう確信を持っている私は、ルデーゲさんの言葉を否定した。


「ははは。きみが信じる必要はない。あいつが気づけば良いだけのことだ」

「……む」

「そうだ。叔母さんがひとつ、良いことを教えてやろう」


 キッチンの方を見つめた彼女は、私の耳元に口を寄せた。


「グラニエルの誕生日は、二月の頭。もう割と近づいているな」

「え!!」

「誕生日とは、大切な人にプレゼントを贈るのに、ぴったりの日だと思わないか?」


 持ち主の誕生日。何かを送るなんて考えもしなかった。もし、誕生日に刺繍入りのエプロンを送ったら喜ぶかな。想像しただけで、私はワクワクした。


「ルデーゲさん、ありがとうございます!」

「構わないさ。ちょっとした、叔母さんのお節介だよ」


 そう言って片目を瞑るルデーゲさん。彼女のかっこよさに、私は目をキラキラと輝かせた。


「グラニエルには内緒にするのだぞ」

「はい!」


 張り切って返事をしたところで、持ち主が戻ってきた。


「楽しそうだな」

「ん。良いこと教えてもらったの!」

「……変なことを吹き込まれていないといいが」


 持ち主は眉を寄せながら、私の左隣に腰かけた。持ち主の持ってきたバスケットには、お肉のサンドと野菜のサンド。それからフルーツサンドが入っている。

 持ち主は、私と違って料理の才能がある。医療のことも知っているし、魔法についても詳しい。

 こんな人が旦那さんだったら、自慢したくなるのかな、と考えたけれど、フルーツサンドを味わっているうちに、そんな考えも忘れてしまう。

 それから持ち主の昔話をいくつか聞いて、ルデーゲさんは帰ることになった。


「また来てくれますか?」

「わはは! 家主が許せば、いつでも来よう!」


 ルデーゲさんの言葉に、持ち主を見上げれば、彼は不本意そうな顔で「シュウが望むのなら」と言った。


「では、いつでも来ることができるな!」

「……入り浸るようなら追い返す」

「今度は旦那も連れてきてやろうじゃないか」


「楽しみにしていなさい」と言って、彼女は帰った。まるで嵐のような女性だったなぁと思いながら、私と持ち主は、ピクニックの後片付けをするのだった。

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