9 敷地の外に出たいな
本日――本格的な冬入りを前に、予定していたお出かけを決行することになった。
「今日は、お出かけ~。お出かけ日和~」
下手な歌を口ずさんでいたら、廊下で待っていた持ち主が、声を掛けてきた。
「今日も似合っているな」
「ん! 良いでしょお」
胸を張って見せるのは、橙色をした厚手のワンピース。襟と袖口は白色。小さなリボンの飾りが可愛らしい。
この服は持ち主が持ってきてくれた民族衣装をアレンジしたもので、それに気づいたのであろう持ち主は、普段よりも嬉しそうな顔をしていた。
この世界の貴族が着る服は、走り回るのに適切じゃない。だから魔法で練るとき、現代風に変えて着ているのだ。ミニスカートでなければ持ち主も怒らないし? 悪いことではないはず。
「似合っているかな?」
「ああ。驚くほどに」
そう言って笑う持ち主は、最初の頃より、ずいぶんと優しい顔つきになっていた。実際のところは笑っているというより、口元がわずかに動く程度だけど。少しだけ……持ち主の心を読めるようになったみたいで嬉しい。
「まずは本邸まで歩こう」
持ち主は私を縦抱きにすると、そのコンパスみたいに長い脚で、本邸側の庭に出た。
本邸と宮殿の間には、ちょっとした森がある。ちらほらと雪の積もる庭は、人工的に整えられた森だそう。
「リスや小鳥のような小動物なら住んでいるよ」と、いつも通っているヴェスタに教えてもらったのだっけ。ちなみに、今日は学会の用事があるそうで、ヴェスタは不在。
本当は三人で出かける予定だったのだけど……冬入り前なのもあって忙しいようだ。
「さすがにイノシシや熊はいないから、安心しろ」
そう言った持ち主は、森に足を踏み入れる。どんな場所なのかなと期待に胸を膨らませていたその時――私の中の魔力が、ぐわっと揺らいだ。
「え?」
「シュウ!」
真っ逆さまになって、落ちたのは小さく積もった雪の上。
温度を感じない私からすると、新雪は白くてふわふわした触り心地の良い寝具。星を付けるなら五点満点中、六点……っていや、それどころではない。どうして私、玩具のアヒルに戻っているの?
「ピピィ」
「……」
持ち主は小首を傾げながら、私を大事そうに持ち上げた。付着した雪を払って、覆うように私を抱きしめる。
「シュウ」
「なに……」
何度、魔法陣を思い浮かべても人の姿になれない。それに不満を持っていると、持ち主に声を掛けられた。
「これは推測だが……キミは宮殿だけで生きてきただろう? それが原因で、キミを宮殿に縛り付けることになってしまったのかもしれない」
「……つまり?」
「簡単な話、キミは宮殿から出られないということだ」
持ち主の言葉に、私は物凄いショックを受けた。その結果「ピッピッピ」と泣き喚いて、持ち主にぎゅっと抱きしめられる始末。
「安心しろ。退屈はさせない」
「持ち主……」
そういう問題ではないのだが、とりあえず、持ち主の優しさを受け入れよう。でも、お出かけ出来なくなってしまった今、私は今日一日をどう過ごせばいいのか。
「……どうするか」
私と同じように唸った持ち主は、何かに気づいたのか「あ」と言うと、ある提案をしてきた。
「実は、宮殿には裏山があるのだが」
「ピ……」
「その裏山は宮殿のものと同じ結界が張られている。キミの魔法陣が僕の魔力由来ならば、大丈夫なはずだ」
持ち主によると、この森には持ち主の先祖が張った結界があるそうだ。それは本邸も同じだから、恐らく本邸に行っても人の姿にはなれない。
一方で、宮殿の方は持ち主が幼い頃に建てられた建造物であり、宮殿とその裏山は持ち主の結界が張られているようだ。
少し難しい話になるが、私は持ち主の張った結界の中でしか人の姿を保てない……らしい。それなら、私個人に持ち主の結界を張ればいいんじゃないかと思ったけど、持ち主への負担になりそうだから、言わないでおいた。
仕切り直して裏山に行った私は、大自然に感動した。同時に、人の姿でいられることにも感動した。行動範囲が広まるって本当に良いことだね。
「刮目せよ! アヒルちゃんのお通りであるー」
ご機嫌に枝を振り回す。持ち主は、その後ろから無表情でついて来てくれている。
――いくら精神年齢の低い妖精と思われているとはいえ、精神年齢三十路がこんなことしているのはちょっと……かなり恥ずかしいかもしれない。
我に返った私は、ペイッと木の棒を捨てて持ち主の方へと駆け寄った。
「持ち主、ここからどこに行くの?」
「池でランチを食べよう」
予定が変わったあと、持ち主は、作り置きしていたサラダや炒めたお肉でサンドイッチを作ってくれた。この世界、外観や文明レベルは低いように見えて、魔法があるお陰で食文化やライフラインは整っているんだよね。
「池があるの?」
「大きな池がある。夏場は、そこで泳いだりもしたな……」
持ち主のひとりごとを聞きながら、白い息をもらす彼に手を伸ばした。
「じゃあ、そこまで手を繋いでくれる?」
「構わないが……」
伸ばされたのは大きな手。肌は白めだけど、アカギレとか全然あるし、侯爵様の手にはまったく見えない。
ぎゅっと握った手はやっぱり冷たい。持ち主ってこういうことに関して無頓着なところがあるよね、と思いつつ……二人の速度で歩き続けた。
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