学生アイドルになった俺─知識を使って、ギリギリの推し達を救え─

初賀 少女

序章 学生アイドルになる覚悟

第1話 チープなドッキリ企画のターゲットにされた

『──さん!!』


 楽しく歌っている時に誰かに鋭く名前を呼ばれて、「え?」と思った時には体が宙を舞

 い、頭の方から鈍い音が聞こえた。


 ──それが、恐らく『俺』の最期だった。





 体の節々を貫く痛みを感じて、目を覚ます。


 インフルエンザにでも掛かったのかと首に手を当てようとしたところで、一つも体が動かないことに違和感を覚えた。


 え?と自分の体を見下ろすも、首が全く動かない。


 というか視線も固定されていて、ビクともしない視界いっぱいに広がっているのは、小学校の校外学習で行ったきりのプラネタリウムで見た人工の星空にそっくりな広大な宇宙だ。


 意味のわからない出来事の連続に呆気にとられる。


「汝、望む世界はあるか」

「⋯⋯はぁ?」


 急に聞こえてきた厳かな低音に、思わずガラの悪い声が出る。


「うおっほん。今一度問う。汝、望む世界はあるか」

「⋯⋯あの、すみません。これって何かの企画とかですか?」

「何を勘違いしているのかは分からぬが、これは貴様が考えているような低俗なドッキリ企画などでは無い。ふむ⋯⋯まさかだとは思うが、貴様は己が死んだと自覚しておらぬのか」


 姿の見えないそれは神様っぽい口調で喋り、こんな大それたセットとシチュエーションまで揃えているというのに非常に俗っぽいことを述べる。


 しかも、俺が死んだとかいう不謹慎な設定まで盛り込んでいるようだった。


 今日の仕事って、何が入っていたんだっけ?


 マネージャーからドッキリ企画が入っていたとか、聞かされていたか⋯⋯?


 しかし、どれだけ頭を捻っても今日のスケジュールについて一つも思い出せなかった。


 ──まぁ何にせよ、俺はチープなドッキリ企画の被害者ターゲットに選ばれたのだろう。


 まだ関西で研修生をしていた時にも、似たようなドッキリ企画に引っかかったこともあったしな。


「望む世界というのは、死んだ俺が次に転生する世界とかそういうの?」


「うむ。まだ阿呆な勘違いをしているようだが、その認識で合っておる」


 そんで、どうやら今回のドッキリは『異世界転生モノ』の導入らしい。


 あまり見たことがない種類のドッキリだから、もしかしたらスポンサーに出版社とかがいるのかもしれないな。


 最近の『異世界転生モノ』はネット小説だけでなく、有名な漫画家や小説家も題材にするらしいし、大分世間に浸透してきた設定なこともあって、番組としても扱いやすいことだろう。


 ならば、おのずと正しい答えも導かれるというもの。


「だったら──ゲームの世界が良い」


 昨今の『異世界転生』モノの鉄板は、RPGのような世界観を持ったファンタジー世界で一旗揚げるような冒険譚だった覚えがある。


 しくは、主人公のお気に入りのゲームを模した世界へと転生して推しを救う勧善懲悪モノとか。


 日本人は時代劇が主流の頃からそうだが、悪者が主人公に成敗される物語が大好きなので、形が変わっても基本的にウケが良いお話の根幹はそういった類が多い。


 どんな物を売り出したいのかは分からないが、こう答えておけば何かしらは引っ掛かるはずだ。


 そんでもって大層真面目な顔付きで答えておけば、ネタばらしの時にリアクションも取りやすいだろう。


『お前、マジでゲームの世界に転生しようとしてたな!?』って仕掛け人なりにツッコんでもらい、『男だったら誰もが思うじゃん』ってキリッとした顔つきで答えれば完璧だ。


 だから──。


「ほう。して、どのような」

「どのようなって?」

「貴様の言うゲームとやらは、どんなゲームなのだ」


 まだこの茶番劇が続行されることに少々驚いた。


 まさか詳細に転生したいゲームの中身を聞かれるとは思わず、撮れ高が足りないのかと胸中で唸る。


 流れとしては、どんなゲームに転生したいのか言えってことだろう。


 ──となれば、あのゲームなんてどうだろうか。


 昨日の夜に、告知も兼ねて配信していた女性向けのアイドル育成ゲーム。


 俺のファン層と丁度重なっている上に話のネタにも困らないソレは、ガチャは渋いし、配布される詫び石も渋いし、オマケにシナリオも正直、の俺はあんまりハマれなかったけど、コイツをやる時だけは異常にリスナーが多くて重宝していた。


 そんな打算だらけでやっていたゲームなので、根っからのゲーマーである自分にとっては少しばかり複雑な感情を抱いていたりもするのだが⋯⋯。


 けれど、『俺』が答えるならこれ程にピッタリなゲームも無い。


「汝、のゲームの世界を望むというのか。よかろう」


 ところが、俺が口に出す前に何故か答えが分かったらしい声の主が満足気に頷いている。


 急に話を進め出した神様っぽい奴に、今更になって俺は少しばかりの警戒を抱いた。


 取り留めのない嫌な予感がする。


 何故かボタンを掛け間違えていたシャツを着ていることに収録中に気付いてしまった時のような、後の祭りとも言えそうな焦燥が胸のうちを焦がしていた。


 そんな密かに冷や汗をかいている俺など知らないとばかりに、目前に広がる広大な宇宙に散らばった星々が唐突に眩い光を明滅させる。


 ──まるで、エンディングを迎えるかのような最後の演出とばかりに。


「時間が無いので一思いに済ませる。汝、──を今より『プリズム☆アイドル』へと移送する。われの枝に新たな新世界を加えることを許可する。そして、再び銀河の覇権を──」


 畏まった声が朗々と告げる事柄に、一瞬で頭が真っ白になった。


『プリズム☆アイドル』。


 それは俺が昨夜に配信していた男アイドルを育成し、数々の苦難と困難を乗り越えて天下を目指していくアイドルソシャゲのタイトルだ。


 だからこそ、男の俺では他の女性ユーザーのようなハマり方が出来なかったゲームでもある。


 なんで、そのゲームタイトルを言ってないのに分かってんだよ。


 もしかして、俺が昨日やっていたことを知ったゲーム会社から依頼でもあったのか。


 だが、自社のゲームタイトルをこのドッキリ企画で俺が絶対に言う保証は無い。


 そんな経緯があったとしたら、間違いなく台本が与えられていたはずだ。


 しかし、寝起きドッキリとばかりに体を固定されている俺はこんな企画のことなど全く覚えていない。


 だとしたら──なんでこの神様とやらは、俺の心の中を正確に読み当てることなんか出来るんだよ。


 そんな怒涛の困惑と疑惑が胸中でとぐろを巻いているのに、不思議なことに待ってもストップも一つも口から飛び出てこない。


 そして自分が今、とんでもない選択をしてしまったのではないかと思い改めるよりもはやく、俺の意識はそこで呆気なく途切れた。

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