第15話「忠義の刃 ― 聖騎士ライナス、王都に現る」

王都エルメスの南門。

夕暮れが黄金に染まる頃、重厚な鎧を身にまとった一人の男が馬を駆り、その門を越えた。


「ライナス・ヴォルテックス殿、確認いたしました。ようこそ王都へ」


衛兵が丁重に頭を下げる。

その名に、王都の誰もが聞き覚えがあった。

元王国聖騎士団副団長。かつては“剣聖”カイルと並び称された、正義と信念の象徴。


ライナスは何も言わずに一礼し、まっすぐに馬の手綱を引いた。

その目は鋭く、曇りひとつない。

だが、その胸に渦巻いているのは、かつての仲間を討つために王都に呼ばれたという、重く冷たい使命だった。


(カイル……本当に、お前が“裏切った”のか?)


勇者アルヴィンからの書状は簡潔だった。


――「元剣聖カイル・グレイヴァルド。国家への反逆の意志あり。

 貴様の剣を以て、再び“正義”を示せ」


ライナスは、剣を抜くことをためらっていない。

ただ、その“刃”が向かう相手が、かつて共に魔王の軍勢を討ち滅ぼした“仲間”だという事実だけが、胸の奥に鈍い違和感を残していた。


 


王都北区の市場通り。

カイルは、路地の一角で情報屋と短い会話を交わし、そのまま人気のない裏通りへと足を踏み入れた。


「おい、カイル」


聞き慣れた――だが今はどこか硬い声が、背後から聞こえた。


振り返った先に立っていたのは、漆黒の鎧に身を包んだ男。

蒼銀の髪、澄んだ眼差し、背筋の通った立ち姿。


「……ライナス」


「久しぶりだな」


二人の間に、数歩分の距離が空いたまま、時間だけが流れていく。


「まさか、お前が来るとはな。もっと他にいるだろ、刺客なら」


「俺は刺客じゃない。……王命だ」


「それを、“正義”だと思ってるのか?」


問いに、ライナスの眉がわずかに動いた。


「答える前に、確かめに来た。

 本当に、お前が“勇者を裏切った”のか。

 “王都を揺るがす陰謀に加担している”というのが、事実かどうか――」


「ならこう聞き返す。

 お前は今でも、アルヴィンのことを“正しい”と思ってるのか?」


静かに、だが確かに放たれたその言葉に、ライナスの剣が一瞬だけ鳴った。


「カイル、お前は……変わったな」


「変わったのは、あいつのほうさ。

 正義の仮面の下で、どれだけのものが捨てられてきたか――

 お前は知ろうとしてすらいない」


ライナスの瞳が細められる。


「俺は、お前の剣を尊敬していた。

 誰より速く、誰より鋭く、誰より“正しい”剣だった。

 ……だからこそ、その剣が向いている先が、今も“真っ直ぐ”であると信じたい」


「なら、俺に刃を向けるな。

 お前が“まだ”迷えるなら、その剣を鞘に収めて、目で見ろ。耳で聞け。

 そして――自分で“選べ”。あいつのために剣を振るうか、それとも」


沈黙が落ちる。


路地の風が、互いの外套を揺らした。


「……あと一度だけ。俺の目で“真実”を確かめさせてくれ」


ライナスは背を向け、静かにその場を去った。

カイルはその背を見つめ、剣の柄からそっと手を離した。


(ライナス、お前の“正義”が折れる前に……気づいてくれ)


そう願わずにはいられなかった。


 


王都に、もう一つの刃が現れた。

それは、信じる者のために振るわれる“忠義の剣”。


だが、それが向かう先に、かつての仲間が立っているのなら――

それは、避けられぬ宿命の交錯を意味していた。

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