31話
「まぁ良いわ、そろそろ行きましょう」
「うん」
始まる前から紆余曲折あった四人だったがこれ以上プールサイドで話していても埒が明かないので、とりあえず歩いてみることに。
「あ、芽衣」
「どうしたの?」
「これ、着ておいて」
その際、裕也が持っていたラッシュガードを芽衣手渡しておく。
どうして?といった視線を向けてきているが、このままでは精神がすり減ってしまうので裕也としても仕方が無いのだ。
……そういうことにしておいてほしい。
「わ、ぶかぶかだ~」
芽衣は裕也に手渡されたラッシュガードを着ると、ぶかぶかのそれをアピールするように両手を広げている。
パーカータイプの、それも裕也でも少しだけ大きいと思ったサイズ感だ。
芽衣が着るには当然大きすぎる。
「ごめん……嫌だったら返して」
「ふふ、楽しいからだいじょうぶだよ」
だらんと垂れた袖の部分を口に当てながら楽しそうに言ってくれる芽衣を見ると、こちらとしても一安心だ。
……色んな意味で。
◆◇◆◇
「だってそれ、ほぼ彼シャ――」
「由佳ちゃん?」
「物理的に口塞がなくたって良いじゃない……」
◆◇◆◇
一同は少し歩くと、最初の目的地である流れるプールに到着した。
まずは水に慣れるのも兼ねて、ここでのんびり遊ぼうという話だ。
「うっし、お前らっ!準備は良いかー!」
「うん」
「大丈夫よ」
智樹もいつの間にか浮き輪を人数分膨らませていて、両手に二つずつぶら下げている。
更衣室を出る前に持っていたのはまだしぼんだ状態の浮き輪だったはずだが。
「いつの間に……」
「おまえらがイチャコラしてた間にな」
本当にいつ膨らませていたのか分からなかったので聞いてみたが……。
「そりゃ、あんたたちは気付かないわよね」
「うぅ……」
ようやく気恥しさも抜けてきたのに、またまたやられてしまった。
芽衣は耳を真っ赤にして照れてしまっている。
「あの……流れるプールに行きませんか……」
「だって、智樹」
「ま、これくらいにしといてやるか」
「仕方ないわね、行きましょ」
なんとか解放された裕也と芽衣は、豪快に入っていった智樹と、ちょんと足をつけてからゆっくり入っていく由佳の後ろを着いていくように流れるプールに入っていく。
「あ、意外とつめたくない……」
芽衣はそう言いながら、受け取っていた浮き輪と一緒に流れるプールに全身を入れた。
続く裕也もざばんと入ると、流れに身を任せ進んでいく。
「おりゃっ」
「あ、やったわね!?」
智樹と由佳は水を掛け合っていて、あっちはあっちで楽しそうだ。
「わたしたちもやる?」
「どっちでもいいよ、俺は流されているだけで満足」
「ふふ、そうだね。のんびり過ごそっか」
芽衣と並んで浮き輪に入り、とにかく流されるだけ。
「癒されるねぇ~」
「そうだね、ゆったり時間って感じ。智樹たちは……なんかすごい速度で進んでいってるけど、どうする?」
「……わたしはこのまま、ふたりきりでもいいよ?」
好きな人にそんなことを言われて、断れる人間がいるだろうか。
「まぁいつか合流出来るだろうし……のんびり流されようか」
「うんうん」
程よい水温に、何もなくても流されていく感覚……。
ラッコにでもなったような気分だ。
「心地いいねぇ~」
「流れに身を任せてのんびりしているだけで満足感……」
「ふふっ」
浮き輪に座ってぷかぷかと進んでいる芽衣を横目で見る。
「……それにしても」
「?」
「いや、なんでもない」
先ほど貸しておいたラッシュガードに身を包んでいる彼女だが、本当にこれがあって良かったと思う。
今のんびり流れていられるのは、きっとこのぶかぶかラッシュガードのおかげだ。
「平和だねぇ」
「うん……平和だ」
そんなことを話しながら芽衣と二人流され続ける……。
そんな、平和な午前だった。
◆◇◆◇
それから、相変わらず芽衣と空を見上げながら他愛もない話をしつつ波に揺られていると。
『お~い』
突然後ろから、聞き慣れた声がひとつ。
……後ろから?
「あ、智樹の声だ」
「後ろから聞こえたような……」
振り返ってみると、なぜかほぼ同時刻に入ったはずの智樹と……その少し後方に、由佳の姿も見えた。
「えっ……もう一周したの?」
「おうよ、気付いた時にはオマエらの背中見えてたわ」
智樹はガハハと豪快に笑い、どこ吹く風といった感じだ。
芽衣も驚きを隠せないといった表情で智樹を見ている。
「はぁ……はぁ……智樹っ、どんだけはしゃいでるのよっ」
すぐに後ろから息を切らしながら、由佳も追いついてきた。
どうやら、振り落とされないようになんとかついてきたといった様子だ。
「お、由佳も追いついたか」
「追いついたか!じゃないわよ。どんどん先行くし浮き輪は放置していくしっ……」
「すまんすまん、つい楽しくなっちまってな」
頭を掻きながら由佳に謝る智樹。
まぁ、この二人もこの二人でエンジョイ出来たらしい。
「ふふっ。二人とも、仲良しだねぇ」
「どこ見たらそう解釈出来るかは分からないけれど……で、芽衣たちはどうだったの?」
どこからどう見ても仲良しだと思うが……一旦黙っておこう。
「わたしたちはのんびり過ごしてたよ!すごいゆったりだった」
「こっちと違ってあんたたちは平和ね……智樹、はい浮き輪」
由佳はしみじみとそう言い、既にプールから出ていた智樹のあとを続くように上がる。
裕也も浮き輪を由佳に手渡し、プールの縁に捕まり上がった。
「芽衣」
「ありがとっ」
少し上がりにくそうにしていた芽衣に手を貸して引き上げると、これで全員が上がったことになる。
「うっし、次行くぞー!」
「おっけー」
流れるプールに心の中で別れを告げ、次の場所に向かっていく――。
◆◇◆◇
そんなこんなで少し遠くまで歩いた裕也たちは、今回の大目玉に辿り着いた。
「でっけ~!」
「遠くから見ても明らかに大きかったけど、いざ近付いてみると更に凄いな……」
そんな一行が見上げているのは、このレジャープール施設最大の目玉と言っても過言じゃない、特大ウォータースライダー。
「す、すごいねっ……!登るだけでたいへんそう」
「そうね、これだけ大きいと楽しそうではあるけれど」
このレジャープール施設にはいくつかのウォータースライダーがある。
ひとつは未就学児でも楽しめる、滑り台のレベルのもの。
ひとつは大人数でゴムボートに乗りながら、滑り落ちていくもの。
……そして真ん中にそびえ立つのが、そんないくつものウォータースライダーの中でも最も大きく長いシンプルなウォータースライダーだ。
(結構怖そうだけど、大丈夫か……?)
そんなことを考えていると、智樹は思いもよらない提案をしてきた。
「んじゃ、オレはこの浮き輪管理してるから三人でウォータースライダー行ってこいよ」
「えっ、智樹は?」
「オレは後から堪能するぜ」
智樹の性格的には一番最初に乗りたがると思っていたのだが、意外だ。
「それならあたしも残るわ。智樹一人だと何するか分からないじゃない」
「あぁ!?」
「冗談よ。あそこのウォータースライダー、二人まで滑れるらしいの。あたしが一人で滑っても虚しいだけでしょう?」
「ほー、んなら裕也と芽衣が乗り終わったらオレらも行くか」
なるほど、裕也と芽衣が乗り終わったら……。
「……ん?」
「えっ!?」
「え、こういうのって普通女子二人で乗るんじゃ」
「……はいはい、そういうの良いから。二人はちゃっちゃと行ってきなさい」
「ちょっ」
「ふぇ?」
まさかまさかの展開になってしまった。
反論する間もなく由佳に背中を押された裕也と芽衣は、ウォータースライダーに乗るためにそこまで長くない列に並んでいた。
……並んでいたのだが。
(まさか……ラッシュガードがダメとは……)
スライダーを滑る時のみ、ラッシュガードを脱がないといけない決まりがあった。
さすがに予想外だったが……。
「……今からでも、一人で滑る?」
「せっかくなら二人で乗ろうよ、ちょっと恥ずかしいけど……いいよ?」
芽衣にそんな事を言われて首を縦に振らない人の方が少ないだろう。
(……これ、一緒に乗ったらセクハラで訴えられないかな……)
……そんなわけないんだけど。
裕也が前に乗ったら芽衣は裕也に掴まることになるし、逆も然り。
頭の中で素数を数えながら、なんとか乗り切るぞと意気込む裕也だった。
出来るだけ芽衣の方を見ないようにしながら平穏を保ち、すこし。
とうとう裕也たちの順番が回って来た。
「じゃあ……裕也くんが前で」
「……了解です」
どちらが前にするか問題は芽衣が後ろを希望した。
つまり裕也が前で滑ることになったので、先に座る。
「……後ろ、座るね?」
「……ウン」
それからすぐ、後ろに芽衣が乗ってくるのを感じた。
ひんやりとした水着が背中に触れ、ほっそりとした腕がぎゅっと裕也の腰に回される。
「絶対離さないからね」
「…………ウン」
芽衣の言葉に、裕也はどくんと心臓が跳ねるのを感じた。
耳元で聞こえる……すこし緊張したような、芽衣の声。
裕也は精一杯平静を装って返事をするが、かなりぎこちない返事になってしまった。
「じゃ、準備は良いですか?」
これで準備は万端。スタッフが下に合図をすると、ついに来るんだと身構える。
「は、はいっ!」
「それじゃ……いってらっしゃーい!」
スタッフの最後の言葉を聞いた途端、凄い速度が裕也たちを飲み込んだ。
「きゃっ!」
「うわっ」
思ったより急に押し出され、驚きながらも目を開ける。
突如として訪れる暗闇と、重力に引っ張られる感覚。
「はっ、早いねっ!裕也くんっ!」
「う、んっ!想像以上っ!」
冷たい水しぶきが顔に当たり、視界が滲む。
かなり急なカーブが来ると、体が遠心力で外側に引っ張られる。
ただ裕也は背中に感じる芽衣の温もりと腰に回された腕の力が強くなるのを感じて、それどころじゃない。
(近い……)
どれくらいの時間が経っただろうか。
想像以上の早さと、背中に芽衣を感じながら滑っていた長いようで短い時間は、突然終わりを告げる。
ざばーんと大きな水しぶきをあげ、裕也たちはゴールのプールへと放り投げられた。
「ぷはっ」
水面に顔を出すと、まぶしいほど太陽の光が目に飛び込んできて、もう終わってしまったのかと少々物足りなさを感じた。
裕也はなんとか立ち上がり、息を整えている芽衣の方を見る。
「芽衣、大丈夫?」
「う、うん……!すごい、楽しかった……!」
芽衣は興奮気味に瞳をキラキラとさせている。
「へっへー、んじゃオレらの番だな!由佳、行くぞ!」
「ええ……智樹、暴れないでよ?」
なんやかんやで智樹と由佳も二人で乗るらしい。
浮き輪と預けておいたラッシュガードを受け取ると、二人がウォータースライダーへ向かっていくのを見送った。
◆◇◆◇
ウォータースライダーを満喫した後は、皆でお昼ご飯を食べにフードコートへ向かい、午後はそれぞれが自由にプールを満喫する時間とした。
裕也と芽衣は人が少なめのプールで泳ぎ、ゆっくりとした時間を過ごし。
夕方になり、空が茜色に染まる頃、裕也たちはプールを後にした。
プールを終えたあと特有の疲労感が体を包む。
全力で泳いだわけでもないが、さすがに疲れた。
「いやー、満喫した……」
「うん!楽しかったね」
都心ではあまり見られない対面の席に座った四人は、電車に揺られながら今日を振り返る。
とはいえ、智樹と芽衣はすぐに寝てしまった。
「あんたたち、ずっと二人だったわよね」
にやりと、反対側に座っている由佳がそう言う。
確かに今日は二人きりの時間が大半だったかもしれない。
「確かに……気付いたら?」
「あんた、まだ付き合わないの?」
ちらりと横目ですぅすぅと寝息を立てている芽衣を見て、しっかり寝ているのを確認してから小さめの声で話をする。
「実は、夏休みの最終日、二人で夏祭りに行くんだけど……そこで頑張ろうかなって」
「ふぅん……応援してるわよ。芽衣の横にあんた以外が立ってるの、想像出来ないし」
由佳は手すりに肘を置き頭を支えるような姿勢になると、優しく口元を緩めてそう言った。
「……ありがとう、頑張るよ」
静かな電車内。
応援してくれる親友がいることに感謝しながら窓越しの夕焼けを眺める。
――夏休みの終わりまで、あと一週間。
――――――
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