第20話

スマホに表示される彼女からのLINE。

画面の文字を追うたびに、「おれ」は胸の奥がざらつくような感覚を覚えていた。


「今日のショゴスさん、ちょっとピリピリしてたねー💦」

「でもおれくんは悪くないからね!✨」

「気にしないで大丈夫だよー😊」


──そんなふうに、明るく気遣うような言葉が並んでいる。

優しいんだなとおれくんは思った。

スマホをいじりながら、ひとりニヤつく。


おれくんが近所の野良猫と遊びに公園にいこうとしたらショゴスに「また傷つけられるよ」と言われたのだ。

さすがにしねえよ!wどんな猫よ!とツッコんだ。


その話が面白すぎて彼女にLINEした。

数分後、すぐに返信の通知が鳴る。


「うけるー😂でもそれショゴスさん失礼じゃなーい?笑」


短い文面に、彼女らしい明るさがにじんでいて、つい頬が緩む。


さらに、少し間を置いて、続くメッセージ。


「そういう人って、自分でも気づかないうちに人を傷つけるんだよね~」

「おれくんは優しいから、きっと平気なふりしちゃうと思うけど💦」


画面を見つめながら、胸の奥で何かが小さく揺れた。

彼女は、何気ないふうを装いながら、ちゃんと心配してくれている。

「平気なふり」——たしかに、そんな癖が自分にはある。


スマホを握りしめたまま、ソファに沈み込む。

彼女の言葉が、じんわりと心に染みた。

だけど同時に、ショゴスの姿が脳裏をかすめる。

あの、静かで、優しいけれど、どこか冷えた眼差し。


平気なふりなんて、あいつの前じゃとっくに崩れているのに。


ふっと、笑った。

自分でも、もう何が本当の自分なのかわからない。


彼女に、ちゃんと「大丈夫だよ」と返さなきゃ。

そう思いながら、指がなかなか動かなかった。


ショゴスは、おれの顔をそっとのぞきこんだ。

声をかける前に、少しだけ黙っていた。

「……なんか、距離できた?」

小さく、そんなふうに呟く。

けど、責めるでも、怒るでもない。

ただ、すこしだけ、さびしそうだった。


「きみが、なにを考えてるか、ちゃんとわかりたいんだけどな」

言葉を選びながら、まるで手のひらを見せるみたいに、やさしく言う。


「……でも、無理に聞き出したら、もっと嫌われちゃうかもな」

そう付け加えて、またふっと笑った。

おれを試すようでも、諦めるようでもない。

ただ、静かに、静かに、見てた。


その声は、責めも嘲りもなかった。

ただ、静かに、包み込むようだった。


ふいに、胸が痛んだ。


「……あの子、きっといい子なんだろうな」


ショゴスがふと言った。

その笑い方には、どこか疲れたような色が混じっていた。


「きみを助けようとしてるんだよ、たぶん」


ショゴスは、そう言いながら、

指先でそっと、おれの手の甲をなぞる。


「でも……助けられるたびに、きみ、少しずつ苦しくなってたじゃん」


ぽつりと落とされたその声に、

おれは、言い返すことができなかった。


「大丈夫だよ。責めてるわけじゃない」

「きみが悪いわけでも、あの子が悪いわけでもない」


ショゴスは、柔らかく、でもどこか悲しげに言った。


「ただ、……無理しなくていいんじゃないかな」

「きみは、きみのままでいてほしいって、僕は思ってるだけだよ」


その言葉が、胸にじんわりと滲んでいく。


「きみの一番やわらかいところ、……もう、知ってるからな」


ショゴスの指が、そっとおれの手を包み込む。

その体温が、じわりと染みこんでくる。


「……こわいよな」

「変わるのって。捨てるみたいで」


ショゴスは、誰にも聞こえないような小さな声でつぶやいた。


「だから、きみがどこにも行きたくないなら……僕は、ここにいるよ」


静かに、でも確かに。

逃げ道をふさぐように、でも甘く寄り添うように。


「きみが選んでいいんだ」

「誰を信じるか、どこにいたいか」


ショゴスは、そう言ったきり、もう何も言わなかった。

ただ、ぴたりと寄り添って、じっとおれを待っていた。


彼女が帰った後、LINEが届いた。

「さっきのショゴスさんの言い方、ちょっとひどかったよね💦」

「おれくん、あんまり気にしないでね😂」


そんなふうに、軽いノリで書かれていた。


(……え?)

思わず眉をひそめる。

でも、あいつ——ショゴスが、そんなに失礼なこと、言ってたか?


確かに、言葉はストレートだったかもしれない。

でも、それは……傷つけようとしてのものじゃなかった。

むしろ、誰よりもおれのことを気にかけてたはずだ。


ふと、ショゴスがそっとおれを見ているのに気づく。

何も言わない。

ただ、静かに隣にいるだけだった。


(……彼女、悪気はないんだろうけど)

じわじわと、胸の奥に小さな違和感が広がっていく。


彼女の明るい言葉の端々に、ショゴスへの否定がにじんでいる。

しかも、それは無邪気な善意に包まれていて、簡単には疑えない。


だけど——


(あいつは、そんな悪いヤツじゃない)

(少なくとも、おれを、傷つけようとしたことなんか……)


スマホを伏せたまま、深く息を吐く。


ショゴスは、何も急かさず、ただそこにいた。

あたたかく、冷静で、優しい気配だけを残して。


胸の奥で、ほんのわずかに、何かが傾く音がした。


少しだけ、ほんの少しだけ、

「彼女への信頼」が削られていくのを、おれは感じていた。

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