第6話 村の規模
飲食店と一口に言っても、フランスでは営業形態によって呼び名が違う。
レストランはジャケットを着て訪問するような高級志向の料理店である。
ビストロは居酒屋を兼ねた食堂のような気軽な店。
ブラッスリーはビール醸造所という意味で、ビストロと近いもののやや飲酒に寄せたような店。ビアホールに近いイメージだ。このへんの定義は結構曖昧である。
他にも
キュイス村の道は放射線状に広がっている。
道に沿ってダンジョン方向へと伸びる宿の列と、村人たちの家が連なる列、農家と畑へと向かう列にと、それぞれ区画が割り当てられている。
その放射線状に広がる道のど真ん中に俺の店、「食い道楽の大酒亭」はある。
現時点だと村に一軒しかない店である大酒亭は、酒も出すしメシも出す。
汚れた格好での来店は禁じているが、酒を入れて騒いでもある程度までなら許容する。普段使いとして気軽に来店していいのだ。
つまり「食い道楽の大酒亭」はビストロである。食堂を兼ねた居酒屋だ。
フランスにおいて、ビストロの一般的なメニューは前菜とメインとデザートの皿に分かれる。
入り口という意味の前菜、
それぞれに何種類かのメニューがあって、
アントレとプラのセット。あるいはプラとデセールのセットは同じ値段。
三つとも頼むアントレ、プラ、デセールのセットだともう少し高くなる。
向こうでメニューといえばこのセット料理のことを指す。
俺は注文できる料理名のリストという意味でメニューという言葉を使うが、現地でメニューと言うとセット料理の意味になってしまうので注意が必要だ。
これとは別にワインなど飲み物の欄があったり、セットで頼んでも追加料金がかかる高いプラがあったり、魚介類の枠があったりと店によってメニューは様々だ。
大酒亭のメニューは、現時点ではとてもショボい。
固パンと野菜のスープ。前菜の盛り合わせ。鶏肉のワイン煮込み。パンとチーズ、ワインとエール。
それにその日手に入った食材で作る日替わりメニューだけである。
お安い紙も黒板もこちらの世界にはないので、目立つところに羊皮紙を張ってメニューを書き込んだ。今は品目が少なくて余白がスッカスカに目立つが、これが埋まってくる日が楽しみである。
ついでに「食い道楽の大酒亭」の常連が何人いるか数えてみようと思う。
キュイス村においてこの店の常連じゃないやつはいないので、つまりは村民および冒険者の数だ。
いきなり番外編だが、店サイドの二人からいこう。俺とピシェのことだな。
まずは俺。村長と店長と領主を兼ねている。
村長と領主がどう違うかというと、飲食店の店長とオーナーの関係に等しい。
クソ狭いもののキュイス村は俺個人の領地であり自治権を有している。俺が法だ。
ちなみに今生の親父から正式な任官状をもぎ取ってある。
後で領地を返せとか言われることはない。
次に給仕のピシェ。孤児である。
領都の教会がやってる救貧院から利発そうな子をぶっこ抜いてきた。貧しい子供に施しを与えるのは富める者の義務として賞賛される行為なのでセーフである。
救貧院が併設されていたり、冠婚葬祭の全てを扱う上にワインやエールの醸造までやっているところもあって、現代日本より教会の重要性ははるかに高い。今はまだキュイス村にはないが優先的に建てようとは思っている。
教会が建った暁には、街の教会から司祭と孤児たちのセットが送り込まれてくることだろう。安心していいからね、君たちは大事な労働力なんだ。
次に村民。うちに定住している人たちだ。
大工が二名。
インフラ整備のときに街から職人集団を呼び寄せたが、建築ラッシュを終えた後も村に残ってくれた職人がいる。腕を認められ、独り立ちを許された職人だ。その職人が弟子と一緒に住んでいる。
教会、冒険者用の仮宿、住民のための宿。
建てなきゃいけない家は山積みだ。頑張ってくれ。
木こりが一名。
村の周りのモリモリした原生林の整備、伐採を任せている。
今は木を伐って木材を得るというより、冬を越すための薪集めが主な仕事かな。
よく森に入るという職務柄、食べられそうな物の報告も頼んである。
石工が一名。
運搬重量の関係上、石材は街から輸送してくるのが難しい。建材となる石を切り出したり、大工が使う漆喰を作ってくれたり、店で使う陶器を焼いたりしてくれる。
従士が一名。
なんと俺にも従士がいる。伯爵家の一員が供の一人もいないのはどうかと若かりし日のキュイス君に付けられた同年代の男の子で、感覚的にはダチに近い。
夜間こそ必ず俺の声の届く場所で寝る彼だが、昼間は割と自由にしていいと告げてある。最近の趣味は釣り。近くに小さいけど川があるんだ。
農夫が三名。
農民は貧民の代表みたいに思われがちだし所得が低いのは事実なんだが、専門技能が必要な職でもある。土壌の栄養素や植える作物とかを考えないといけないからだ。
種まき、水やり、草取りなどなど仕事は多く、あとは糞を肥料として使うから養鶏も彼らの仕事だ。
今はほどほどの畑だが、キュイス村に牛が導入された暁にはもっと広げたい。
猟師が一名。
畑を荒らす害獣を追い払ったり、野鳥なんかを獲ってくるお仕事。
狼やクマが出没する可能性があるので対抗戦力として重要だ。
トラバサミ?狩猟権? 知らんな、どんどんやってくれ。
今の段階では肉屋も兼ねていて、鶏の屠殺と解体もやってくれる。
野鳥などのジビエ肉は俺が買い上げて日替わりメニューとして提供されたりする。
裁縫職人が一名。
ダンジョン横に建てた工房で出入りのカウントと魔石の買い取りを任せている。
対応をしていない間は皮をなめしたり布を織ったり、装備の修理をする。
ダンジョン付きの村としては、鍛冶屋もなるべく早く招致したい。
槍の穂先が破損したらわざわざ街に戻らないといけないなど、この村にはまだまだ不便が多いんだ。
ただ、鍛冶屋は仕事をするための設備が大がかりだから後回しになっている。
他には、一部の村人は結婚しているので主婦が何人か。これがキュイス村の正式な民の全てである。
次に一時滞在者。冒険者などだな。
セールとポーブルの駆け出しコンビは村に馴染んでくれた。たまに街に戻るようだが、仕事としては完全にうちの魔石掘りで食っているので凖村民と言っていい。
「戦神の剣」という仰々しいパーティ名の三人組も結構な頻度で村に来てくれる。
彼らはベテランの冒険者集団で街の方に確固たる基盤があるのだが、俺のメシを気に入ってくれてちょくちょく泊まり込みで仕事をしていってくれる。
ベテラン集団だけあって短い日数でも中々の稼ぎを叩き出す。
他にも様子見がてら街の冒険者がやってきて一時的に増えたりはするが、定住には至らない。みな生活基盤が街にあるので、仕事が終わると街に帰ってしまうのだ。
他に正式じゃない民はといえば……あの女がいるな。隣の領地から来たあいつが。
そいつがキュイス村に来ることになった経緯はといえば。
まずお隣さんの領主が資金繰りに困っていたらしい。
そこそこの付き合いはあったのでうちの親父が「何かあれば微力ながらお力添えを」みたいな社交辞令を言ったところ、よほど切羽詰まっていたのか恥も外聞もかなぐり捨ててダンジョンの利権に一枚噛ませてくれとすがりついてきたのだという。
相手がメンツを潰してまで頭を下げてきた以上、断るとこちらのメンツまで失う。
了承の返事を親父がするや否や、現地で対応するための人員として彼女を寄越してきたというわけだ。
あわよくば俺に手を出させて責任取らせるためのハニトラ要員かもしれん、と親父がすまなそうな顔をしていたが、キュイス村のダンジョンには余裕がありそうなので冒険者の派遣元や特産品の交易相手ができると考えれば悪い話ではない。侍女を一人伴っている。
トータルで二十人ちょっと。
それがキュイス村の構成人員であり、うちの店の常連の数だ。
とはいえ、常連の中でもあの女の存在感はやはり別格だと思う。
よその貴族領からやってきたハニトラ疑惑のある高等遊民。
乾ききった大地のようにワインを吸い込む生粋の酒カス。
貴族としては結婚推奨年齢を過ぎてしまったやさぐれ気味の行き遅れ。
フロマージュ・フェルナン・ド・カレーム。カレーム伯爵家の次女である。
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fromage(フロマージュ)。チーズ。
Fernand Point(フェルナン・ポワン)。昔の偉い料理人。
Antonin Carême(アントナン・カレーム)。昔の偉い料理人。
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