第3話 固パンと野菜のスープ


 シェフの得意料理、あるいはその店の看板料理のことをスペシャリテという。


 俺の店のスペシャリテはなんといっても、固パンと野菜のスープになるだろう。

 ポトフもどきである。

 堅焼きパン、バゲットが古くなって固くなったパンを野菜スープに浸して食う。

 

 激安料理が看板?となるかもしれないが、スペシャリテは高額であるかどうかは関係ない。これがこの店の顔ですと、俺は自信を持って客に推せる。



 コンセプトとしては、最大限のコストパフォーマンス料理になる。



 このメニューを最初に作ろうと思ったきっかけだが、まずこの世界はモノがない。

 前世である日本で当たり前のように享受できていた、品種魔改造済みの激安食材が手軽にスーパーで買える世界ではないのだ。


 貴族パワーをふんだんに使って食材やパンなどを街から取り寄せてはいるのだが、それがなければキュイス村で採れる食材だけで食事を作らなければならなくなる。


 ほんの半年前までまったく手つかずだった未開の地で採れるものなどたかが知れていて、畑の野菜すら大部分はまだ収穫できない。


 なんとか養鶏だけは軌道に乗せたが、それも将来を見据えてのもので、現時点では大赤字である。

 100グラム100円未満なんていう値段で肉は売れない。貴重品だ。


 そんな貴重品の鶏を余すところなく活用しようということで、正肉を切り離し、可食部の内臓を取り除いた後の、ただの骨。

 鶏ガラを最大限活用して出汁フォンを取り、スープのうま味を補強したというわけだ。





 レシピ:固パンと野菜のスープ



 1:腸詰めや玉ねぎなどの具材は事前に食べやすい大きさに切り、一人前ずつ分けておく。

 

 2:鶏ガラを熱湯でさっと茹で、取り出す。

 

 3:流水で洗いながら血合いや内臓の汚れをすべて掃除する。


 この下拵えをすることで臭みがだいぶ減る。和食用語で言うなら霜降りだ。


 4:湯は一度捨ててもう一度沸かし、鶏ガラを入れて弱火でことことと煮る。


 5:この際に、野菜の皮を入れる。ニンジンのヘタとか玉ねぎの皮とかを一緒に煮てしまう。ついでに香草も入れる。

   

 束ねた香草ブーケガルニなんて上等なものではなく、手に入りやすい月桂樹の葉ローリエとかそのへんに生えてる香りのいい野草をぶち込む。


 6:たまに灰汁あくをすくいながらことこと煮込む。3~4時間もあれば十分に美味い出汁フォンが出る。

 どれぐらい煮詰めるかは入れた鶏ガラの量と相談し、詰まりすぎたら水を足す。


 7:目の細かいザルですべて一度濾し、塩で味を調える。これでお手軽バージョンの鶏出汁フォン・ド・ヴォライユの完成。


 8:ニンジンなどの火が通りにくい食材は事前に茹でておき、別鍋などに移しておいても良い。煮崩れ防止になる。ここまでが仕込みになる。  


 9:注文が入ったら事前に分けておいた一人前の量の具材とスープを小鍋であたため、盛り付ける。固パンを籠に盛り付けて提供する。





 この料理の安い以外の利点と言えば、栄養バランスが割と良い点である。

 たんぱく質や脂質は貧弱だが、固パンがあるので炭水化物としてカロリーはそれなりに確保でき、幅広い野菜も摂取できる。


 

 原価についてだが、人件費と家賃はゼロとする。

 

 なぜなら土地と店は俺のものだ。

 人件費だって、俺にはそもそも給料がない。強いていえば村の金が俺の財布だ。

 給仕の女の子が一名いるものの、こちらも容赦なく児童労働対象年齢であり、給料は料理の現物支給である。


 食材原価であるが、腸詰めや野菜はともかくとして、鶏ガラは廃棄品の再活用とみなしてゼロ。固パンも売れ残ったパンの慣れの果てなので激安で査定できる。


 理論に穴があるを通り越してガバガバな気がしないでもないが、だいたい以上のような原価計算をし、サービスメニューとして利益を取らないという方針を加え。


 超絶ギリギリではあるが、ジュール銅貨二枚で赤字にならないという奇跡のコスパを生み出すことに成功した。

 

 駆け出しでも食える、安くて美味くてまあまあ栄養バランスも取れたメシ。胸を張ってスペシャリテだと言おう。






「しかし、ビーフステーキみたいなものを店で出すには何年かかるんだろうな……」


 洗い物をしながら、俺は使える食材の少なさにため息をついた。 

 無理をすれば買ってくることはできる。だがそれを店で出しても採算が取れない。



 牛というのはそもそも飼料効率のすごく悪い生き物だ。

 どれぐらい餌を与えたらどれぐらいの重さの肉が取れるという変換効率が低い。


 小規模な牛飼いであれば牧草を餌にすることができるので、牛乳のため、あるいは開墾用の労働力として育てたりはする。ただそのうち乳牛は老いるし、開墾に使った牛はマッチョになって肉質は固くなる。


 そういう肉を柔らかく食べるためにフランスでは煮込み料理の文化が発達した。


 前世の日本でも同じ理由で、経産牛でも鶏などと比べて牛肉は高いし、食肉専用に育てた黒毛和牛なんかはさらに高い。 


 まあ、今のキュイス村には縁のない代物である。

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