第十五話 対魔法ポーション

 いまだにコロ海藻の資源量は回復していないため、セラが紹介した代替の海中呼吸のポーションを調合し、参加する冒険者、騎士、漁師に配ることになった。

 いままでも漁師ギルド主導で海底の地形調査は行われて来たらしいが、今回は調査範囲を拡大するだけでなく、実体魔力のポーションを飲めるセラとアウリオによる深海調査も含まれる。


 そんなわけで、セラはヤニク冒険者ギルドの実験室で調合機材を並べていた。

 物置だった部屋はセラがキノルに向けて出発した時のままで、機材を並べるのに不都合がないスペースは確保できている。

 様子を見に来たイルルが首を傾げた。


「コットグさんたちが必要なポーションを調合するんじゃなかったの?」

「海中呼吸のポーションなどはその予定です」


 セラが調合しようとしているのは別のポーションだ。

 白化雨の主を探す以上、白化雨の影響を受けることになる。海底洞窟を見つけても生身で飛び込めば白化しかねない。


 現状、白化を治すポーションは開発されておらず、予防が必須だ。

 説明するとイルルはソファに座ってセラの手元を眺める。


「予防できるの?」

「わかりません。前例がないことですから。ただ、準備しておいて損はないと思います」


 王都のおババの店で買った美白美容液を取り出し、セラは粘度を見る。

 そんなセラを見てイルルは不安そうな顔をした。


「もしかして、セラが一からレシピを作るの?」


 セラが頷き返すとイルルはさらに不安を募らせていく。

 みんなに知らせてこようかと部屋の扉を振り返るイルルにセラは説明する。


「対魔法ポーションの応用で予防できる可能性があります」

「……対魔法ポーション?」


 一般にはまず流通しないポーションだけにイルルも初めて聞いたようだ。


「魔法に抵抗できるポーションってこと? そんなものがあるの?」


 魔法に抵抗できるなら犯罪者の取り締まりや魔物討伐での死傷者がかなり減らせる。そんな便利なものが一般に知られていないのが不思議らしい。

 実際はイルルが想像するほど便利なポーションではない。


「対魔法ポーションは服用者に特定の個人や個体からの魔法に対する抵抗力を付与するポーションです」


 あまりに限定的すぎて使いどころがないため、戦争時の一騎打ちや変異種の強力な魔物の討伐くらいでしか使われない。

 例えば、対セラ魔法ポーションを開発した場合、セラの魔力で発動したあらゆる魔法に対する抵抗力を得るが、イルルが発動した種火の魔法一つで火傷を負う。


 しかも、調合には必ず対象の魔力サンプルが必要になる。わざわざ一度魔法を披露してもらってから対象者の魔力の性質に合わせて素材を選定、調合することになる。戦闘中にそんな悠長な時間が取れるはずもないので使う場面はさらに限定される。

 使用後は大体の場合、対象を討伐、打倒しているためレシピが残されることもほぼない。


 不便なポーションではあるが、今回はありがたいことに魔力サンプルがある。


「そっか、美白美容液があるんだったね」


 セラがスポイトで適量を取っている美白美容液を指さしてイルルが納得する。

 美白美容液に含まれている白化雨の正体、疑似生物は魔法で作られている。これを魔力サンプルにして開発することは十分可能だ。

 おそらく、王都でも同じように研究開発が進められているだろう。白化治癒ポーションの開発と並行になるので進捗がどうなっているかは不明だが。


 さてどう調合しようかとセラは頭の中で素材を組み上げる。

 いくつかの候補が浮かぶものの、予想される副作用の問題や海底洞窟に入る際に飲む海中呼吸のポーションなどとの組み合わせで危険な素材が多い。

 ポーションの中には相互作用で危険な副作用が発生する組み合わせがある。そのため、今回の作戦のように複数種類のポーションを同時服用する場合は選択肢が限られる。


 紙に書き出しながら考えを巡らせていたセラは廊下を駆けてくる足音に気が付いて顔を上げる。

 イルルも何事かと腰を浮かせた時、部屋の扉が開かれた。


「セラさん! 白化雨が降ってる!」


 ギルドの受付嬢の一人は扉を開けるなりそう言って、窓を指さした。

 セラはすぐに洗浄済みの容器を手に取って窓を開ける。


 まだ降り始めたばかりらしく道路は濡れていない部分も目立つ。この早さで白化雨だと気付いたのは顕微鏡かギルド本部にあるような魔道具で雨粒を観察した誰かがいたのだろう。

 実体魔力で容器を支えて雨を受けつつ、セラは雨雲を見上げる。


 灰色の雨雲は分厚く、その中にいるだろう白化雨の主の姿を隠している。

 実体魔力を空に一直線に伸ばしても絶対に届かない完全な安全圏から一方的に雨を降らせてくる何かをどう暴くか。


 セラが考えた矢先、ギルド前の大通りに騎士団が集まった。

 中央にオースタが立っている。優しい顔立ちに似合わない大斧を担ぎ、周りの騎士たちに人払いをするよう指示を出していた。

 オースタがセラに気付く。


「セラさん、危ないので部屋に入っていてください」


 何かするつもりらしい気配を感じて、セラは素直にオースタの指示に従って窓を閉めた。

 すると、大通りから何かを斧でかち上げるような金属音が響き、窓の外を空に向かって何かが飛んで行った。

 刹那の後、強烈な光が空から降り注ぐ。


 閃光の魔道具を上空高くで起動したらしい。


「考えましたね……」


 強烈な光を浴びせれば、白化雨の主が嫌がる可能性は十分ある。洞窟や地下水脈を巣にしているなら目が退化している可能性はあるが、白化雨の主自身が光に弱いため餌となる魔物を洞窟に追い込んでいる可能性もある。


 何か起きるかと身構えた時、港の方が騒がしくなった。

 窓の外からオースタの声が聞こえてくる。


「――逃がしたか! 潜水の魔道具持ちはすぐに追いかけろ!」

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