第九話  左遷の錬金術師だけが見れる資料

 国家錬金術師ギルド本部の資料室で白化雨に関する実験記録を読み漁り、セラは休憩もとらずに外出した。


 資料を閲覧した限り、白化雨は通常の雨よりも含有する魔力が少ない。微細な変化ではあるが、ほぼ間違いない。

 魔物が最初に影響を受けていたことから、体内魔力量が多い生き物ほど白化雨の影響を受けやすい。とある国家錬金術師が身体強化を部分的に発動した状態で白化雨に晒されて影響の強弱を見ようと実験中らしいが、白化雨に出会えず成果が出ていない。

 ただ、実験室で白化雨のサンプルを使って行った実験では仮説が確かめられている。ほぼ間違いないだろう。


 そして、白化雨の影響地域を調査している国家錬金術師や騎士団、魔法師団の中には疑問を抱いている者もいるようだ。

 降雨量や範囲に対して、白化雨の影響が局所的な場合が多々ある、と。


 白化した動植物や魔物に関する研究もされているが、色素が抜けることや脆くなることなどが共通した症状で、毒素などは検出されていない。


 白化雨の降った地域、その被害状況を記した地図を暗記して、セラは仮説を補強するためまずはプルズメリ冒険者ギルドを訪れた。

 扉が開きっぱなしの玄関を颯爽と抜けて、見慣れない白衣の女の登場に困惑する冒険者たちを見もせずに、セラは受付嬢の前に立つ。


「国家錬金術師セラ・ラスコットです。ヤニクから出向中のイルルさんと、恩義のアウリオに面会を求めます」


 国家錬金術師と聞いて警戒心を強める冒険者たち。しかし、受付嬢はあっさりとカウンター横の階段を手で示した。


「二階の資料室にいますよ。セラさんがいらっしゃったら案内するようにと言われています」


 冒険者ギルドの職員と思えない洗練された上品な動きで立ち上がった受付嬢がカウンターを出てくる。

 冒険者ギルドは国と仲が悪い。王都にありながらプルズメリ冒険者ギルドも国に対する警戒心は強い。


 にもかかわらず、受付嬢が通常業務を後回しにしてまで対応したことに居合わせた冒険者たちは混乱しながら顔を見合わせた。

 その時、ギルドホールに二人組の冒険者が入ってきた。


「あれ? セラさんだ! ヤニクから帰ってきたの!?」


 セラを見つけてすぐに駆け寄ってきたのはアウリオと臨時パーティーを組んで隊商の護衛をしていた冒険者バトゥとベックだった。

 二人はこのギルドでは知られた顔らしく、バトゥとベックの知り合いならと冒険者たちの警戒心も薄れた気がする。

 それでもセラの動きを窺っている冒険者たちの視線をバトゥとベックがさりげなく塞いだ。


「お前ら、この方は恩義のアウリオの命の恩人だ。俺とベックも恩がある。無礼な態度をとるなよ?」


 一瞬だけ睨みを利かせるバトゥとベックに、冒険者たちが視線をそらした。

 騒ぎが二階にも伝わったのか、階段をアウリオが下りてくる。


「なんだ、騒がしいと思えばセラさんが来たのか。早く上がってくれ。セラさんが何を調べたいのか、分かった気がするんだ」

「先に調査をしてくれたんですね。助かります」


 セラはバトゥとベックに一礼して受付嬢と共に階段を上がる。


 資料室は二階の廊下の突き当たりにあった。王都周辺の地図や薬草などの分布、魔物の図鑑。さらには討伐記録なども保管されている。

 さらに、プルズメリ冒険者ギルドは王国各地の冒険者ギルドからも資料提供があり、王国全体でどんな魔物が討伐されたのか、異常発生などはしていないかが読み取れる。


 膨大な数の資料だが、アウリオとイルルが先にある程度調べておいてくれたので資料を探す手間が省けた。


「白化した魔物の討伐記録や目撃証言をまとめておいたよ」


 イルルが机に並べたそれらの記録は国家所属の人間では本来、閲覧できなかったものだ。

 ヤニクやキノルへ左遷され、冒険者ギルドからの信頼を勝ち得たセラだからこそ閲覧できるものである。

 これらの資料に先ほど暗記してきた白化雨の地図を照らし合わせる。


「やはり、白化雨が降っていない地域での目撃情報がありますね」

「気付かれずに降ってたんじゃないの?」


 イルルの疑問にセラは頷き返す。

 おそらくはイルルの予想が正しい。


「当初の白化雨は人や植物に影響を及ぼさなかったんですよ。体内魔力量の違いが白化雨の影響の強弱に関わることが分かっていますので」


 白化雨の効果が最近になって強まったため、被害が目に見える形になったと考えるのが妥当だろう。

 セラはイルルとアウリオに国家錬金術師ギルド本部でみた資料の内容を話す。


「白化雨は同日、同時刻で二か所以上観測されたことがありませんでした」


 白化雨は王国のどこか一ヵ所でしか降らない。

 おそらく、この事実を誰もが認識しているが重要視していない。今までになかった災害だけあって各所で頻発するとも考えにくいからだ。

 だが、このギルドの資料と照らし合わせると面白いことが分かる。


「魔物の白化個体が見つかった地域で再度降る確率が高いようです」


 もちろん、人里離れた場所で降ることもあるだろう。その場合は人間が観測できないので、白化雨の降雨情報には偏りが生じる。

 この情報だけでは人を動かすには足りない。


「騎士宿舎に向かいます。アウリオさん、この資料の内容を国家錬金術師ギルド本部、開発部長のカマナックに伝えてください。私の推測を話してあるので、資料の重要性も伝わるはずです」

「構わないけど、冒険者を入れてくれるかどうか」

「受付に話を通してあります。私の名前を出せば上層部も文句を言えません。左遷しておいていきなり呼び戻したんですから、私のやることに文句は付けさせませんよ」


 では、騎士宿舎に向かうので、とセラが資料室を出ていくと、イルルが呟いた。


「なんか、セラが生き生きしてる……」


 呟きが聞こえていたが、セラは何も言わない。

 冒険者ギルドを後にしてそのまま騎士宿舎に向かう。

 道中で実体魔力のポーションを飲み干し、セラは小さく笑った。


「楽しくなってきましたね」

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