第14話 フリービートに入り込んだノイズ
「音楽データって、時々怖いことありますよね。たとえば誰もいないのに“誰かの気配”が入ってるとかって」
そう語ったのは、都内で活動する無名のビートメイカー、名を「Yu-to」と名乗る青年だった。
取材の場に指定されたのは、彼のワンルームスタジオ。PCモニターの青白い光が、彼の頬を照らしていた。
「これ、聴いてもらえますか?」
彼が再生したのは、ドリーミーなシンセとローファイなドラムの乗った、どこか寂しげなビート。
夜の街を一人で歩くような、そんな孤独な質感だ。だが、1分23秒あたり。
そこだけ、何かが変わる。
――くぐもった、声。
それは曲と無関係な、どこか遠いところから漏れ聞こえるような、「こんばんは」という女の囁きだった。
「マイクは繋いでなかったんです。もちろん誰も録音ブースにはいない。サンプリングもしてないし、そもそも音は僕が打ち込んでるんでノイズが入ること自体おかしいんですよ。それに、これ、フリービートなんで配布してて、何人かが使ってラップしてくれてるんですけど……」
彼がスマホで開いたのは、とあるラッパーの投稿。
そのラッパーも、このビートに乗せて歌っている――が、その1分23秒の瞬間に、ラップがふっと途切れ、やはり「こんばんは」という声が入っていた。
しかも、違う声。別の女の。
「他にも何人か聴いたって人がいて。気味悪がって消したやつもいます」
Yu-toは、こめかみに手を当てた。
「おかしいのは、俺、その“声”が入った頃から、部屋でラジオアプリをつけてると、たまに音が割れるようになったんです。延々と呻き声みたいなのが流れてたりして……しかも、その音、だんだんビートに混じって聴こえるようになってくる」
彼の話す口調はどこか他人事のようだった。
まるで、自分が語っているのではなく、誰かに語らされているような――そんな奇妙な違和感を伴って。
「で、その話、誰に聞かせればいいと思って検索したら、“
“煙蒐堂”の主は、今日も静かに聞いている。
長髪のバンドマンのような風貌で、やけに艶のある笑みを浮かべていた。
「その音源、頂いても構いませんか?」
Yu-toがUSBメモリを差し出すと、煙蒐堂はそれを懐にしまい、礼を言って帰っていった。
その夜、Yu-toは新しいビートを作ろうとPCを立ち上げ、サンプラーを操作しようとした瞬間――
ミックス画面の奥から、女の顔がこちらを覗いていた。女は声を発せずじりじりとこちらに近付いてくる。
声なき悲鳴が、部屋中に響いた。
音ではなかった。
ノイズは呪いのほんの一部だった、のかもしれない。
了
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