第11話
一週間、毎日あった連絡が、日ごとに減っていく。
会うはずの予定も、少しずつ減っていった。
今までとは、なにかが違う。
会えないことで苛立ちが募るのに、私から連絡をすることで、決定的な別れが来るような気がして、連絡もできないままでいた。
ひと月が過ぎ、ふた月が過ぎ、いよいよ晴樹からの連絡が途絶えた。
焦燥感に打ちひしがれそうになるのに、私自身が犯した過ちを思うと、悲しむこともできない。
同僚たちとランチを済ませ、会社の入り口を入ろうとしたところで、孝弘と出くわした。
「これからお昼? 相変わらず忙しそうだね」
「まあね~。ところでねえさん、今週末にでもまた一杯どうよ?」
「週末? いいよ」
「じゃあ、当日に上がり時間わかったら連絡入れるから」
タイミングがいいときに出会った気がする。最近、眠れない日が続いていたから、孝弘の明るい雰囲気でなごめそうだと思った。
――週末。
まだ仕事が残っているからと連絡があり、前と同じ居酒屋に先に入って待っていると、三十分ほどで孝弘がやってきた。
「その後、どうよ?」
開口一番のセリフに、私はドキリとする。
他意のない表情でビールを頼む孝弘は、私の前に腰をおろして電子タバコを咥えた。
「なにも変わりないよ。相変わらず」
「嘘ばっか。またハルキに捨てられたクセに」
全身の血が引いた気がした。孝弘はどうして気づいたんだろう。
「なんで知ってるの?」
「アイツ、結婚するんだってさ」
「え?」
孝弘はタバコの煙と共に大きなため息を漏らし、ビールをごくごくと飲んだ。
「ねえさんに言い寄られて困ってるってさ。久々にコミュニティに来て、ねえさんがハルキの連絡先を聞いてきても教えないようにして欲しい、って、みんなに頼んでたんだってよ」
「え……? ちょっと待ってよ、私、別に言い寄ったりなんてしてない……!」
「そりゃあ、そんなの当然、わかってるよ? オレはね。けど、ほとんどのヤツらが信じてるし、辞めたオレのところまで連絡がくるくらいだよ。これ、多分、相当言われてるね」
「嘘でしょ? みんな信じてるなんて……最悪じゃない」
「まあ、ねえさん、コミュニティには行ってないんだろうから、ヤツらがなにを言ってようと問題ないだろうけど」
「うん……あのコミュニティの人とは誰とも連絡取ってないから……でも、酷い……そんなことになってるなんて、思ってもみなかった」
「だから言ったじゃん? アイツ、ヤバいよって。せっかくオレが連絡先も消してやったのに、なんでまた会いに行っちゃってるワケ?」
「ごめん……それに関しては、なんの言い訳もできない。今では後悔してる」
あの日、会いにさえ行かなければ、こんな酷い目に遭うことはなかった。でもそれは自業自得だから仕方ない。
それにしても、こんなことになってもまだ、私は晴樹を思っているなんて。
ビールを飲み、追加を頼む。
「情けない。でもね、ホントに私、好きだったんだよね……」
「だろうね。連絡来たら、ねえさんは会いに行くんだろうな、とは思ってたよ。けど、もう会わないんでしょ?」
「会いたくても、もう連絡も来てないよ。それに……結婚するなら、次に会ったら不倫になるじゃない。それは絶対に嫌だから」
「だったらさ、ねえさん、思いきってスマホ、ナンバーごと替えたら?」
「番号も?」
「その番号、そのまま使ってたら、連絡来るかもしれないじゃん? そしたら絶対、ねえさん会いに行っちゃうでしょ?」
孝弘は鋭い。
会いに行くかと聞かれたら、行かないといい切れない。わずかな可能性に縋って、連絡を待ってしまう。結局は、まだ好きだから。
「晴樹は私のこと、都合のいい女だと思っていたのかな……」
手にしたビールを飲み干して、孝弘と共におかわりを頼む。
つまみの刺身に手を伸ばした孝弘は「それは違うと思うけど」という。孝弘がそう言ってくれるなら、違うんだろうか?
そう思ったのも束の間で、継いだ言葉に驚いた。
「ねえさんのこと、都合のいい女だと思っていたんじゃなくて、実際、都合のいい女だったんだよ」
「……はっきり言ってくれるじゃないの」
「そりゃあ、ねえ? オレは言いたいことを言うタイプだからね。ねえさんだって、オレには色々と言うじゃん」
「そうだけど! ここは慰めるところじゃないの~?」
「言いたいことも言えない関係なんて、破綻してるでしょ。アイツには言いたいこと、言えてた?」
私は……言えていなかった。
思うことのほとんどを、一番、伝えなければいけないことも、問い詰めなければいけないことも、全部を言えなかったし、聞けずにずっと逃げていた。
以前、多美子と話したとき、自分だけが我慢したり相手にだけ我慢を強いるなんて、関係が破綻していると、私自身も思っていたのに。
私がなにも言えなかった時点で、私と晴樹の関係は破綻していたんだ。
「ねえさんはさ、次に相手を選ぶときは、自分の言いたいことを言える相手を選んだほうがいいね」
「次の機会があるならね。今はそんな気持ちになれないけど……」
「当分、引きずりそうだもんな。けどまあ、暇つぶしの相手ならここにいるじゃん? 暇なときにはこうして飲みにくればいいじゃん?」
「そうだね。どうしようもないときは、つき合ってもらおうかな」
「いつでもどうぞ~。そしたら、そろそろ帰ろうか」
店を出て、駅まで歩く途中に、桜の木を見つけた。
いつの間にか桜の花が芽吹いている。
「あー、もう花見の季節だ」
「そうだね……」
歩きながら見上げてみても、夜の灯りに照らされる桜の花を、美しいとは思えなかった。
毎年、どんな時間でも、晴れていても、雨のときでも、薄いピンクで咲き誇る花を、美しいと感じていたのに。
今年はどうしよう。
また、写真を撮りに行こうか……。
どうせなら、孝弘が言ったようにスマホを新しく変えて、それから新しい気持ちで撮りに行こう。
きっと、簡単には忘れられない。
時間をかけて、ゆっくりでいい。ゆっくり、いつか忘れる時まで……。
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