思い出は美しく変わらない
釜瑪秋摩
第1話
枝が見えないほどに開く桜の花が春の風に吹かれて一斉に花びらを落とす。目を細めて淡いピンクの花びらが散りゆくさまを眺めみた。スマホを掲げ、池の淵を囲うように並ぶ桜を写真におさめる。
一枚、二枚、三枚……。
角度を変えたりズームで接写したりしながら、撮った写真を見返してみる。
「いつも思ったような色で撮れないんだよな……」
写真の中の桜は、グレーがかった空の色と同化しそうなくらいに色が抜けている。目で見た花びらは確かに淡いピンク色をしているのに、それが写真にうまく残ってくれないのは、毎年のこと。
もう、二十年以上前から繰り返し同じことを考えている。
雲一つない青空のときでも、日差しが花びらを光らせるのか、どうしてもぼやけたような白になってしまうのはどうしてだろう。
加工したり、修正すれば綺麗になるんだろうけれど……。
仕事で撮るのとは違うしSNSに公開するわけでもなくて、ただ単に自己満足したいだけだから、そこまでこだわる必要もないし、あとで見返すかといえば、そうでもない。なんとなく、奇麗だな、と思ったことを切り取ってみたいだけなんだろうと思う。
意味のないことだとわかっていても、それでも撮ってしまうこの気持ちはなんだろう?
公開することも見返すこともないんだから、記録する必要もないのに……。
昔は満開の桜が咲き誇る景色を、その花びらが舞い散る景色を、とても美しいと思っていたし、とても好きだった。今は、そんなふうに気持ちが動かない。それこそ、道端に咲くオオイヌフグリやタンポポでさえも、春を感じさせて美しいと思えたのに。
今は、ただ、咲いている……と思うだけ。
咲いて、春が来たんだな……と思うだけ。
どうして昔は……あんなにも気持ちが高揚したんだろう。
ただ、花が咲いただけなのに。季節が変わっていくだけなのに。
それとも、なにも感じない今のほうが、どこかおかしいんだろうか。
咲いた花を可愛らしく、愛おしく感じていた昔。
人は少しずつ変わっていくのだから、感情の持ちかたも変わっていくのは当然だと思うけれど……。
今の私は昔とは違って、感情の持ちかたが変わったのではなく、失ってしまったのかもしれない、そんなふうに考える自分もいた。
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