第17話 僕には厳しさが足りなかった
中学生の時でした。もう十数年前の話になりますか。昨日の事のように鮮明に思い出せます、はい。後悔しているからでしょうね。
私には友人がいたんです。親友と呼べるかは微妙でしたが、お互いがお互いの日常の一部であることに変わりはなかったでしょうね。
ある日、冗談半分で友人の容姿をいじってしまったんです。あまり良い言葉ではありませんでした。…詳しい事はすいません、言いにくいので…。はい。すいません本当。
友人はその一言が気に食わなかったみたいで。だけれど私が冗談で言ってるのはわかってくれたみたいで。その時は笑ってくれたんです。
ただそれを聞いてた他のやつらが真似して、友人をそのあだ名で呼び始めました。友人は耐えきれなくなり…私の、お前のせいだと喧嘩になりました。
私は友人が嫌いな訳じゃなかった、ただ出てしまった言葉。取り返しのつかない…一言が。友人の命を奪ってしまった。
謝って済む話じゃなかったんです。何度も何度も、悪かった、俺のせいだと言いましたが…友人は聞いてはくれませんでした。絶好という関係をまさか人生で持つことになるなんて、思いもしませんでしたよ。
もはや自らの過ちを認めてほしいだけだったと思います。楽になりたかったんでしょうね。友人の『もういいよ』が聞きたかった。…彼を、何度も追い詰めてしまった。
結果、私は友人を自殺させてしまった。。当時の自分を責めたい。後悔してます。
若いころは判断が遅いというか、客観的に自分を見ることができないので。
はい?中学の頃どうあればよかった、ですって?
そうですね…。すぐに手を引けばよかったと、そう思います。同情してるくせして、根本的ないじめの原因は私ですから。友人からしたら勘弁してくれ、って気持ちだったでしょうね…。
人間関係って、案外タイミングも考えず手を引いた方が将来的には良いのかもしれません。
・・・
読み終わったニュース記事は、状況は違えど心境はなんだか今の僕と似てる気がした。…これ以上モジを僕に依存させたらどうなるか。今は良くても、モジの未来が危うい。とは言え僕の記憶を消してもらうのは…怖かった。モジの人生のほとんどに空白を作ってしまうことになる。大体、あの天使がそんなこと無料でやってくれるわけもない。
「…手を引く…か。」
文章を読むと眠くなり、スマホを置いて横になった。明日もまた学校だが、もう少ししたら夏休みが始まる。それまでに、けじめをつけるべきか。
だが…別れを告げるのも不安だ、何が正解なんだ…。
「…手遅れになるのは、嫌だ。」
僕が傍にいることでモジに悪影響を与えているなら…別れた方がいい。だけどいきなり距離を離す必要はないはずだ。ゆっくり、ゆっくりと離れてモジに他の友達、恋人ができるまで。それまでは近くに居よう。
それが良いと判断して、僕はようやく眠りについた。
・・・
翌日の放課後、モジを校舎裏に呼び出した。
「話って、なに?」
聞いては来ているが、モジは気づいてはいるようだった。僕が、別れの話を持ち出してくると。
「…モジ、僕たち別れよう。」
「……やだ。」
人気のない校舎裏。風でカーテンのように草が揺れ、僕らの声だけがやけに響いた。
怒ってる…だろうな。
「僕だって嫌だ。けど、僕がいないだけで貧血になって倒れるなんて。ダメだよ。」
「そ、それは慣れないことをしたからだよ。」
「普通じゃないよ、モジは。」
「え…。」
「人は一人で生きていく力を少なからず持ってるはずなんだ。モジは僕に依存しすぎてる…だから、別れよう。」
「い、嫌だってば。佐久間がいなくなったら私どうしたらいいの?一人で学校、どうやって過ごせばいいの?わからない問題は誰に聞けばいいの?…夕飯は私一人で食べるの?…無理。」
「すぐに離れるわけじゃない。傍に入るよ。けど…僕以外の友人を作るべきだ。」
「わかった、友達作る。別れなくては良いでしょ?ね?」
「僕に助けを求めちゃいけないんだよ。わかってる?」
「うん、わかるわかる。だから別れないで。お願い。…言葉だけでも、繋がってたい。」
どうする…。確かに友人を作る条件なら付き合ってても問題ない。そっちの方が良いのか?どうなんだ…。
「いいよ…ね?」
「…あぁ、わかった。別れるまではいかな…。」
「お、ようやく見つけたぞ。サクマ。」
「……え。」
制服の影が夕日の中から現れる。まるでそこだけ空気が凍りついたように、足音すら響かない。
視界の奥から、制服姿の女の子が颯爽と現れ、僕の腕を掴んだ。
その子は角もなく、尻尾もない。
だけど顔は…ナツメだった。
「ナツメ…?」
「だ、誰?佐久間、その子何なの?」
「私は新しいサクマの彼女だ。サクマは私の事の方が好きだから、お前から適当に理由をつけて遠ざけようとしたのだ。…わかったらどこか行け。それとも私たちが先に帰ろうか。」
「ナツメ、お前何してんだ?!」
悪魔は世界に干渉しちゃいけないんじゃなかったのかよ?
「本当…なの?サクマ。」
「え…っと…。」
ナツメがジッと見てくる。何か考えがあるのか…?
「そうなんだ、実は。…ごめん。」
「本当に、その子が好きなの?」
「あぁ…。」
「…そう。ならいいよ。」
「え。」
「私は…佐久間が幸せなら良い。良いよ。…言って、ほら。ごめんねナツメちゃん。…隣に入れるのは、笑顔にできる人だけだもんね。」
モジは、自己犠牲的なところがある。
古井のいじめも…僕には一切関わらせなかった。
殺し屋から僕を守ってくれたことだってあった。
いつだってモジは、僕を危険から遠ざけたんだ。
「…行くぞ。」
「あ…。」
ナツメに引っ張られて、僕らはその場を去った。モジを残して。
皮肉なことに、僕はモジが泣いてるのか、笑ってるのか…知ることはできなかった。
・・・
ナツメは僕の腕をぎゅっと抱いたまま、家まで一緒に帰った。母さんはまだ帰ってきてなくて、特に面倒なことにもならず部屋へと戻ることができた。
「どういうつもりだ…。」
「サクマは甘すぎる。あれでは意味をなさないぞ。」
「でも友人を作りつつ交際は続ける、この道もあったはずだ。」
「本気で思ってるのか?」
「なに…?」
ナツメは話しながらタイツをほっぽりだしブレザーを脱ぎ捨てる。そして苦しさを開放するようにボタンを少し外し、はだけた格好になった。お尻のあたりを触って、しっぽを出している。
床に落ちたタイツやブレザーは、彼女の存在感をさらに強調していた。普段は隠れている尾が、淡い闇の中でゆらゆらと揺れる。
「友を作ると言って、結局野山モジはサクマに弱音を吐き、離れようとはしない。サクマもサクマで、それを許せない。そんななぁなぁなことを繰り返すだけだぞ。そんなことを続ければ野山モジはおろか、サクマ、お前まで壊れる。」
「ぐっ…。」
スマホのニュースを思い出した。思いきれず、継続して友人を失ってしまった話を。
確かに、ナツメがあそこで来てくれなければ僕らの関係は変わらなかった…
かもしれない。可能性があっただけ。
「上手くいくかもしれなかっただろ。勝手に僕らの仲裂いて…ふざけるなよ。悪魔。」
「え。」
「焦ってるのはどっちだ。あぁそうだ。確かに断り切れない僕も悪いよ。だけどそれも間違いじゃないと思ったんだ。確実にこのままが続くとは言い切れないだろ。お前のせいで、モジを突き放しちまったじゃねぇかよ!!」
「だ、だって…あれじゃ…ダメだって…わ、わたし…サクマのこと想って…。」
「帰ってくれ。…もう顔を見たくない。」
「私は、サクマにとって最高の、相棒…。」
「…僕にとって最低最悪の、悪魔だよ。お前は。」
「!!」
ナツメはひどくショックを受けたような顔をして、よろよろと消えていった。同時に脱ぎ捨てていた衣服も消滅する。
「クソッ…。」
八つ当たり…してんじゃねぇよ、僕。
「このまま傍観してれば…大丈夫なのか?」
嫌な予感しかしない。別れ際のあの言葉は強がりに過ぎない。まさかもう、自殺しようとなんて…ない、よな。
「…学校戻るしかねぇ!」
僕は家を出て、すぐに学校へとまた走った。道中、モジに会う事はなかった。学校についても、モジはいなかった。EINを送っても返事はこず、既読すらつかないまま。電話をかけても、声を聞くことはできなかった。
・・・
夏休みまで、残り一週間を切った翌日の朝
天使でも悪魔でもない。神様に祈りながら登校する。朝日が教室の窓から差し込み、机に反射した光が彼女の頬を照らしていた。その姿に安堵と戸惑いが入り混じる。首を吊ってるわけでもない、刺し傷だって見当たらない。
本を読んで、生きていた。
「モジ。」
「ん…あぁ。浅宮君。おはよ。」
「おはよう。そ、その昨日はごめん。あんな逃げるよな言い方するつもりはなくて。」
「わかってる、大丈夫だよ。浅宮君の言う通りだと思った。私、一人じゃ何もできなくなってたよ。…安心して、頑張る。情けないよ、こんな自分がさ。」
「怒ってはない、のか?」
「うん。…私気持ち悪かったでしょ。ごめんね。ナツメちゃん、だっけ。あの子可愛かったし、私よりスタイルも良かった。仕方ないよ、魅力的に見えて。今後とも二人の仲が続くことを応援してる。」
「気持ち悪いだなんてそんな。でも、そっか…。ありがとう。」
「もう私の方から話しかけないようにする。また、頼っちゃうから。」
「わかった。……それじゃ。」
形容しがたいやるせなさを引きずりながら、僕は席へと戻った。相変わらず表情は読み取れないが、声色は元気そうで。流石にいきなり友人は作れてはいなかったけど、モジなら卒業までに一人か二人、それ以上の友達と出会えるはずだ。
…ナツメの言う通り、これが正解だったのか?僕が離れる。これが最適解だったのか…?
「とりあえず、このまま…『何もしない』で行ってみるか…?」
モジだって今は弱ってしまっているが本来は誰とでも仲良くする強い女の子なんだ。僕が振り下ろすナイフも止められる、勇気ある人間。そんな彼女があれだけ前向きなら、自殺なんて絶対にしない。10年以上共にいるんだから、それだけは断言出来た。
だがこの、何とも言えない敗北感。全身を巡っているこの気持ちの正体を、僕は見て見ぬふりをすることにした。
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