第2話 高嶺の花
彼女の名前は
俺と同じ翠ヶ丘高校に通っている3年生で、一応先輩にあたる。
神崎先輩は翠ヶ丘高校の生徒会長を務めていて、学内でその名を知らない者はいない程の有名人だ。そんな彼女の知名度を確立させている要因は『生徒会長』の肩書だけではなく、学力や人望といった圧倒的な実力にもある。
以下、俺が耳にしたことのある、彼女についての噂話。
定期テストの点数はいつも100点、模試の順位もいつも1位だとか
西日の中で青いオーラを纏っていたとか
彼女に対する妬み嫉みを口にしたら、飼っているユキヒョウに狩られたとか…
噂のほとんどが尾ひれがつきすぎて原型がなくなっている気もするが、学内での評価と立ち位置は明白だ。
学校の彼女ほど、『高嶺の花』という言葉が似合う人はいないだろう。良くも悪くも―――
そんな完璧超人の神崎先輩が今、目の前にいる。とんでもなくだらしない姿で。
彼女にクールな印象を持たせているはずの釣り目は、だらけきったたれ目になっており、目頭には涙がにじんでいる。女子生徒がよく噂している、青みがかった黒色のロングヘアは、入店時からボサボサになってしまっている。
この喫茶店での彼女に、『高嶺の花』らしい部分は一つもなかった。
神崎さんは三か月ほど前に初来店して以来、1~2週間に一度来店しては、俺に日ごろの悩みや愚痴をぶつけてストレスを発散している。
内容はもっぱら学校のこと。神崎先輩の評価は、周りの期待に真摯に答えてきた結果積み重なったもので、これを裏切らないためにも常に走り続けているらしい。
そんな彼女にとってゆとり喫茶での一時は心地良いようで、学校では決して出さないような顔を沢山見せてくれる。
喜怒哀楽がわかりやすい豊かな表情と小動物のような愛嬌のおかげで、最近は常連のマダム達からも可愛がられている。
「お~い!ハルく~ん!きいてる~?」
俺が話を聞いていないことに気づいた神崎先…さんは、交差した腕に顎を乗せて子供のように頬を膨らましていた。
「ごめん少し考え事してた」
「もぅ、ちゃんと聞いてよね!今日の昼休みにね、後輩を生徒会に入らないかって誘ったの!でもその場で断られちゃって…理由を聞いても答えられないの一点張りで…説得しようとしたけど終いには逃げられちゃって…嫌われちゃったかなぁ……急にビクッとしてどうしたの?」
「いや…、なんでも」
身に覚えのある話が飛び出して、思わず驚きが漏れてしまった。手元のグラスを拭きながら軽く深呼吸をする。
それで、神崎さんの表情はというと、今にも泣きそうな顔をしている。
今回もいつものように人のために働いて、責任や苦労を一人で受け止めたのだろう。
「大丈夫、嫌われてないと思うよ」
俺はグラスを置いて慰めの言葉をかける。
「ほんと?」
神崎さんは不思議そうに目をぱちくりとさせた。俺は頷いて話を続ける。
「生徒会に勧誘するってことはある程度優秀な子なんだよね?それなら神崎さんの立場だって理解しているだろうし、入れない理由もちゃんとあったんじゃない?家庭の事情とかだと人には話しずらいことだってあるし」
「確かに…じゃあ嫌われてはないか…」
「絶対嫌われてないよ」
「絶対?」
「うん、絶対」
俺は確かな自信を持って力強く頷いた。
「ハルくんが言うならそうかも!元気出てきた!」
彼女の表情がふっと緩んで、ようやく笑顔が戻ってくる。
「それじゃ、いつものお願い!」
メニューの中で神崎さんのお気に入りはカフェラテとチーズケーキ。
日々の疲れを癒せるような、甘くしっとりとしたものを食べたいのだろう。
静華さんと過ごすこの時間は楽しいものではあるが、同時に悩みでもある。
俺が翠ヶ丘高校の生徒だとバレたら最後、俺の二つの日常は一瞬で崩れ去るだろう。それこそ噂のようにペットのユキヒョウに首を搔っ切られてもおかしくない。
学校と雰囲気を変えているとはいえ、俺も学校内での知名度はある方だし、静華さんと話したこともある。バレるのは時間の問題だろう。
まあ、今はまだいいか…
俺は、幸せそうにチーズケーキを頬張る神崎さんを目の端に捉えながら、珈琲豆の香りと緩やかなBGMに身を任せるのであった。
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